〈 1 〉 第18F種新聞通信許可  平成15年9月15日()発行   中 京 新 聞   真剣味地方部 Fサイト No35  
     

 「中京友の会」緊急座談会開催ス!
 三輪先生を迎えての中京野球研修会
   −金属バットになろうとも中京野球は継承スベシ!−
特報!管理人が中京野球部強化で提言したスポーツ科新設になります!
    
                             (中京新聞NO.3掲載)
9/14(日)緊急座談会が名古屋市北区にある東大曽根で開催された。
普段の「中京友の会」の内容では単なる井戸端会議になると危惧し、管理人の親友である三輪先生を
迎えての中京野球研修会を行った。
三輪先生の中京での輝かしい戦歴は中京新聞NO.5で紹介しているので参照して頂きたい。
研修会の参加者は三輪先生含め10人。
黄金期の中京野球の伝統、歴史、背景、応援等について熱く語って頂いた。
今日の研修会に快く承諾し熱弁をして下さった三輪先生には心より感謝をしたい。
研修会の座談会の内容はガク編集委員自らの原稿をそのまま掲載致しました。
参加された皆様の中京への熱い想いは管理人の私も感動致しました。
有り難うございました。

                                    −Fujio編集委員−
下記の写真クリックすれば拡大になります。三輪先生の中京野球伝統は我々に伝授されました。
    −9/14中京友の会で思ったこと−(ガクさん寄稿)
2004年度の高校野球が開幕したばかり、まだ真夏か?と思われる気候の中、早々と中京の姿が消えた。今年はもう中京ナインの勇姿を熱田球場で見ることはない。中京が春日丘に敗れたのがまだ昨日、我々友の会のメンバーも長い秋の戦いを今か今かと待っていただけに、肩透かしを食らったような心境である。激しい敗戦ショックという悔しさよりも、ただただ開戦前の意気込みが依然と宙に浮いたまま、どうにもならない空しさが重くのしかかる。
 
なぜ中京が敗れたのか? 個々の原因は負けてしまった以上、結果論としていくらでも出てこようが、得失点の経過だけを考えれば逆転できなかったからだ。逆転をすれば勝っており、今週末にも次の試合ができたのだ。何よりも勝敗がすべてである高校野球、相手よりも1点多くリードして試合を終えれば勝ち、そうでなければ負け。チーム力や個人の能力ももちろん大事だが、得点争いで勝つことの「当たり前さ」をあらためて思い知らされた今回の敗戦。
 
今回の友の会には今から24年前のレギュラー選手である三輪さんが出席され多くの貴重な話を聞かせていただいた。私個人も小学生時代に球場やテレビで三輪さんのご活躍を実際に目にしていたので、お会いできただけでも非常に感激した。多くの質問に答えていただき、そのなかには三輪さんご自身の野球観が窺えたが、やはり野球の当然である「得点の勝負」に非常に重点を置いた考えをお持ちであると感じ取れた。三輪さんのお話を軸に昨今の中京の野球を考えてみると、やはりその勝負においての、得点そのものに対する執着性、緻密性に疑問を抱かざるをえない。専門家でない私では難しい戦術などは到底上手く語れないが、かつての中京はその得点力においての整備が丁寧であったと思った。試合ごとに1点の重要性は変わってくるわけで、3点4点取られたらなんとかして5点取る必要があるのだし、投手戦で1点を取るのがやっとであれば完璧に抑えるしかない。運良く15点も転がり込めば4、5点取られようが問題はない。つまり勝ち負けという結果の前に、各ゲームの流れにある「得点の重み」を考慮して確実に勝ちにいくという野球が今後の中京に必要となってくるのではないだろうか? 大差をつけたゲームでいろいろやったり、逆に一点を争う終盤でチャンスを何度も自滅させたり、もちろん中京だけではないが、勝つ目的を主体にした試合運びから離れていっていると思う。
 
ファンの間でよく言われる「終盤の逆転能力のなさ」というのも「得点の重み」を考慮していない証拠だとも言える。終盤ではね返されて2点、3点のビハインドになったとすれば、焦りも出てこようから、平常時の3得点だと考えるべきではないだろう。流れは相手チームに傾き、後はないという焦りに縛られるなかで同点に追いつくための野球。そうした野球が発揮されれば、中京はすぐにでも本当の強さを取り戻せるような気がする。野球の手をすべて使った攻撃と防御といったらいいのか、野球は最終回の2死まで対等に続けられる権利がある。実際、10点も差をつけられればダメだろうが、2点、3点なら最後の最後まで十分はね返せるチャンスがあるはず。私が思うのは、終盤に負けていて2アウトで単打が出ても選手は大きく笑ってほしいことだ。選手でないから無責任な発言だが、どうも中京の場合そういうときの小さなチャンスにも気負いすぎて消極的な感じがする。「次にホームランが出れば同点じゃないか!」と目先の状況だけに圧倒されずに大きく考えてほしい。実際春日丘戦での8回、9回は共にホームラン一発で軽く逆転できた。しかもたとえそうなっても全国のファンは大して驚かないだろう。なぜならそんな逆転ゲームなど全国県大会規模ならいくらでも起きているはずで珍しくもないだろうからだ。つまり理論的にも十分ありふれた話なのだろう。別にホームランを打てというわけではなく、2、3点を逆転できる状況などどこまで追い詰められてもいくらでも転がっているわけだから劣勢の気持ちになって縮こまってはいけないという意味である。
 
かつての中京が見せた終盤での見事な逆転劇、三輪さんにその時の心境などを伺ったが、意外にも普通の(追い詰められた)心境だったと言われた。しかしそこでたびたび逆転勝ちをしていたのは技術なのか? 精神力なのか? 私にはよくわからない。ただ私の勝手な推測を言えばその当時は試合を観ていて少々負けていても、焦りながらでも「なんとかなってくれるはず」と思えたし、逆にわずか1点のリードでさえ、緊張感はあっても「このままいけそうな気がする」と思えたものだった。言うなれば楽観的に焦っていたという感じだった。選手の人たちもそんな状態だったのだろうか?
 
それが万一真実なら、やはり勝つための執念だろうか? それが心だけでなく体まで染み付いていたということになるのだろうか? 精神論は古い考えとは言っても、終盤に競い勝ったりはね返したりするのは自信の裏付けとも考えられる。たとえば今の東邦はそういう面では中京をはるかに上回っていると思う。夏は中京に完敗したが、昨年の2試合はまさにそうだったと思う。夏は圧倒的劣勢の評価で中京と戦い、いつ強打が爆発して大量点を取られるかという状態の中でさえ逆に緻密に点を取って徐々に主導権を取り、中京の打棒をほぼ完全に封じてしまった。昨夏の東邦であれば「この手でしかない」という作戦だったと思う。秋はあとワンアウトでセンバツがなくなるという絶体絶命の中、一振りで試合をはね返してしまった。これらは強いから自信が出るということもあると思うが、それよりも普段から野球という「得点争い」の意味を押さえた練習をやっているからではないかと私は推測する。
 
9イニングを必勝で立ち向かう。そうしたタフな中京が来年には帰ってきてほしい。どんなに苦しめられても不敵な笑みを見せて最後には堂々と勝利を挙げる。そういうチームにこそ奇跡は起きるものだと思う。そんなたくましい中京の復活を我々友の会は期待している。がんばれ!
 
 
            
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