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■部長コラム

 「追い出しコンパ」(09年2月)

 

「追い出しコンパ」の時期が今年も来た。「追い出し」というからには、追い出す側と追い出される側がいるわけだが、その両者の関係を切るってことではない。また、追い出される側はこれからそれぞれの道を歩むわけだが、疎遠になるのではなく、むしろ頻繁に連絡を取り合うべきだろう。

先輩と後輩、それから同級生同士で情報交換することで、新しいアイデアがわいたり、問題解決の手掛かりを得られたり、人脈が広がったりするからだ。

そうなるためには、日ごろの人間関係が大切になる。その秘訣を一つ。「人は人を喜ばせるために生まれてきた」。この言葉に気づき、これを心がけることである。

 この言葉は、バレーボールにおいても通じる。同じチームスポーツでもサッカーやバスケットではずば抜けた個人技があれば、一人でゴールに切り込み得点を挙げることができる。しかし、バレーではそうはいかない。チーム内においては、次にボールを触る人が喜ぶようにプレーしなければ、得点にはつながらない。

鹿児島国際大学バレーボール部の部員全員が、今以上に他者を理解し、互いが互いを喜ばせられるような関係になれば、もっと素晴らしいチームになる。卒業までにやるべきことはまだまだある。

「困難を乗り越えるチカラ」(07年11月)

 

「世の中というのはうまくいかないようにできている。だからすさまじい努力が必要なのだ」。鹿児島国際大学地域創生学科で公開しているオムニバス授業の講師の言葉は言い得て妙だ。

何事もすんなりいくと人間は勉励を忘れる。身を削り、知恵を絞る過程から発見や進歩が生まれることは史実に明らかだ。

突き落とされた所からはい上がってこられない者は、それだけの才能しかない。

「生きるというのは成功を続けることじゃない。生きるというのは失敗や苦難を乗り越える力のことをいうのではないか」。これは大リーガー松井秀喜のコメントである。

わがバレー部。九州リーグ2部の男子は、1部昇格の壁にもがいている。3部だった女子は、先の秋季リーグで4部に降格した。しかし、気持ちを切り替えて、新たなプロセスに歩を進めた。目標に向けた闘志が高まることはあってもしぼむことは決してない、と信じる。

 「学んで、忘れて」(06年12月)

 

人は何かにかこつけて飲みたがる習性がある。わがバレー部でも「新入生歓迎コンパ」に始まり、「幹部交代」「リーグ打ち上げ」と続く。そして12月は「忘年会」。

人間の特技の一つに「忘れる」ことがある。過ぎ去った出来事にひと区切りつけて、次のことに取り組む。他の動物には見られない特性といわれている。ただ人間は、同時に「学習する」特技も持ち合わせている。

さて、忘年会。1年の出来事をすっかり忘れるだけでなく、「忘れられないこと」「忘れてはいけないこと」をしっかり学習して、年明けから心機一転、さまざまなことに取り組めるターニングポイントになれば、意義ある飲み会といえよう。

ちなみに私の「忘れられないこと」は春の九州リーグでの出来事2つ。調子の悪かった男子が最終戦で全勝の福教大に劇的勝利を収めた試合と女子の九大戦。ベンチで動きすぎて、主審に「イエローカード」をもらった。

「忘れてはいけないこと」も2つ。男子1部、女子3部昇格の目標を達成できなかった。そして、バレー部長を引き受けたことだ。
 

「悔し涙、うれし涙」(06年3月)

 

日本人はよく涙を流す。スポーツ選手が敗戦後、周囲をはばからず涙にむせぶ姿をよく目にする。

涙といっても悔し涙ばかりでない。卒業式の夜、ある体育系サークルの卒業コンパに出席した。宴も終盤に差し掛かったころ、4年生がひとりずつ思い出を語り始めた。最後に立ち上がった主将の彼はすでに泣いている。「この場に立っていられるのもみんなのおかげです」と。

彼は家庭の事情で、3年で大学を辞めることになっていたという。3年の秋の九州リーグでチームは2部優勝。1部昇格の手ごたえをつかんだ矢先の宣告に、悔し涙を流した。どうしてもサークルを続けたい。その思いを仲間に話し、チームワークで親を説得したと打ち明けると、後輩たちも泣いた。

本学は決して一流選手を輩出する大学ではない。しかし、とびっきり熱い思いでスポーツに取り組んでいた学生の姿に、こちらも目頭が熱くなった。

 うれし涙、さわやかな涙。人は仲間と一緒になって涙を流すことで、お互いの心と心の結び付きを確認し合うものだ。このサークルのチームの結束はさらに強まったに違いない。