Carlos Alberto De Oliveira --CAPONE--
カポネ
 
1972年5月23日生 身長/体重:180cm/78kg
ブラジル 出身
 
 
所属チーム
  ポンチ・プレッタ〜モジミリン〜サンパウロFC〜京 都〜ジュベントゥージ〜モジミリン〜ガラタサライ(トルコ)〜コリンチャンス〜アトレチコ・パナラエンセ〜ベイタル・イェルサレム(イスラエル)
※京都以外で国名を記していないクラブはブラジルのクラブ

年度別個人成績(国内のみ) -------------リーグ戦------------- リーグ杯 天皇杯
年度 チーム 番号 リーグ 試合 時間 得点 退 (赤)
1997 京 都 10 9 1 1 752 0 2 0 5 0 1 0
 
京 都での通算記録 10 9 1 1 752 0 2 0 5 0 1 0
Jリーグ通算記録 10 9 1 1 752 0 2 0 5 0 1 0
  先:先発出場、途:途中出場、サ:サブ(ベンチ入り出場なし)の回数
警:警告、退:退場、(赤):退場の内で一発レッドによる退場の回数

リベロ、センターバック(ガラタサライでは、サイドバックも)。読みとポジショニングに優れ、正確なフィードもできる。カルロスと共に守備の中心と期待されたが、出場は1stステージのみの10試合で、2ndステージはサテぐらしとなり一年で解雇された。
 
サンガ退団後、1999年からトルコの名門ガラタサライに移籍。2000年には、決勝戦でアーセナルを下しUEFA杯を掲げる。カポネも決勝戦にフル出場し、アンリ、ベルカンプのいたアーセナルに得点を許さなかった。また、翌シーズン(2000/01)は、UEFAスーパー杯でレアル・マドリーを下し、チャンピオンズリーグではベスト8まで進んだ。2001/02シーズンも2次リーグまで進んでいる。このころのガラタサライはホームで圧倒的な力があり、ホームスタジアムのアリ・サミ・イェンは、ミランのマルディーニでさえ「初めて、膝を震えさせたスタジアム」と恐れさせた。メンバーには、ハジ、ポペスク、タファレルにハカン・シュキュル、ウミト・ダヴァラなど豪華な顔ぶれだった。

2009/01/20 更新