NAKAGAWA Masahiko
中河 昌彦

1969年8月26日生 身長/体重:180cm/72kg
大阪府 出身
1991 ユニバーシアード シェフィールド大会 日本代表

所属チーム
京都商業高校〜国士舘大学〜横浜F〜京 都〜名古屋〜京 都

主な指導暦
京 都:ユースGKコーチ(2002-)
JFA:ナショナルトレセンGKコーチ(2005-)、U-15日本代表GKコーチ(2006)
徳 島:GKコーチ(2009-)

京都サンガでの成績
 --------------リーグ戦------------------ リーグ杯 天皇杯
年度  背番号 リーグ 試合 (先-途-サ) 時間 失点 退 (赤) 試-失 試-失
1998 21 (0-0-32)00000-00-0
1999 21J1 (0-0-30)00001-10-0
2000 12J1 (0-0-1)0000------
2001 12J2 29(29-0-13)2,73025002-40-0
2002 12J1 (1-0-24)902000-00-0
通算成績 30(30-0-100)2,8202700 3-50-0
J1 (1-0-87)90200
J2 29(29-0-13)2,7302500

年度別個人成績
--リーグ戦-- リーグ杯 天皇杯
 年度 チーム 背番号 リーグ  試合  失点 試-失 試-失 --備考----
1992 横浜F - -- 4-**-*
1993 横浜F - 0 0-00-0
1993 横浜F - 0 0-00-0
1994 横浜F - 0 0-00-0
1995 横浜F - 0 ---0-0
横浜M - 0 ---0-0
1996 横浜M - 1623 1-11-2
1997 横浜M 16 0 6-120-0
1998 京 都 21 0 0-00-0
1999 京 都 21J1 0 1-10-0
2000 京 都 12J1 0 ------
名古屋 34J1 0 0-00-0
2001 京 都 12J2 2925 2-40-0
2002 京 都 12J1 2 0-00-0
通算成績 4650 14-**-*
J1 1725
J2 2925


ゴールキーパー。京都では控えのGKとしてベンチに入っ回数が100試合を数える。各チームで松永、川口、楢崎と日本代表GKの控えだった。松永が引退した2001年は、シーズン途中から平井に代わりゴールを守りJ1昇格に貢献。2002年は、引退試合となったリーグ最終戦にゴールを守り勝利した。引退後はサンガスタッフ入りし、ユースのGKコーチを勤める。
2002年リーグ最終節のジェフ市原戦は、中河のラストゲームであると共に、野口裕司、朴智星にとっても、リーグ戦でのサンガラストゲームであった。そして、長くチームに在籍した中河と野口の二人にとっては、チームが躍進したシーズンの唯一の出場でもある。結果は、崔龍洙の得点で2度リードを許すも、朴、松井の連続ゴールで3−2で逆転勝利。2002年のサンガを象徴する黒部、朴、松井の3人が得点した唯一のゲームともなった。
1996年は、五輪予選などで抜けた川口に替わりリーグ戦16試合に出場。ナビスコ杯では京都戦に出場していて、2試合トータルではマリノスの勝利だったが、中河が守った試合は京都が勝ってる。また、その年の天皇杯では大塚FC(現徳島)に大金星を献上した。次年のナビスコ杯には全試合に出場したが、予選リーグ最下位に終わっている。
2009/01/15 更新