TOMITA Shinya
冨田 晋矢
 
1980年5月8日生 身長/体重:175cm/62kg
京都府 京都市 出身
 
 
所属チーム
  京都ユース京 都〜アルテ高崎〜ボルシアフライアルゼンフォーフェン(ドイツ)〜FC Mi-O びわこ kusatsu/MIOびわこ草津

年度別個人成績 -------------リーグ戦------------- リーグ杯 天皇杯
年度 チーム 番号 リーグ 試合 時間 得点 退 (赤)
1999 京 都 34 J1 1 1 0 2 36 0 0 0 0 0 0 0
2000 京 都 24 J1 4 3 1 2 252 0 0 0 2 0 1 0
2001 京 都 17 J2 11 1 10 6 295 0 0 0 2 0 4 1
2002 京 都 17 J1 20 12 8 1 1,262 3 2 0 4 1 5 0
2003 京 都 17 J1 22 14 8 2 1,422 1 2 0 3 0 1 0
2004 京 都 J2 31 12 19 2 1,180 1 2 0 - - 1 0
2005 京 都 J2 3 0 3 0 57 0 0 0 - - 1 2
2006 高 崎 JFL 17 15 2 0 1,305 2 6 0 - - - -
2007 Mi-O 16 関西1 - - - - - - - - - - 2 1
2008 MIO草津 JFL 20 17 3 2 1,443 1 6 2 (0) - - - -
 
京 都での通算記録 92 43 49 15 4,504 5 6 0 11 1 13 3
J1 47 30 17 7 2,972 4 4 0 9 1 7 0
J2 45 13 32 8 1,532 1 2 0 2 0 6 3
 
Jリーグ通算記録 92 43 49 15 4,504 5 6 0 11 1 13 3
J1 47 30 17 7 2,972 4 4 0 9 1 7 0
J2 45 13 32 8 1,532 1 2 0 2 0 6 3
 
JFL 37 32 5 2 2,748 3 12 2 (0) - - 2 1
 
  先:先発出場、途:途中出場、サ:サブ(ベンチ入り出場なし)の回数
警:警告、退:退場、(赤):退場の内で一発レッドによる退場の回数

サンガユース出身のMF。スピードのあるドリブル突破が武器。ユース時代はフォワードで、トップ昇格後は、右サイドハーフ、ウイングバック、セカンドストライカーなどで出場した。オフェンスの選手としてはユース出身の一番出世。2002年から出場試合を増やし、天皇杯では主力として栄冠を手にした。しかし、2005年は、加藤の移籍組にポジションを奪われ、出場機会は激減し、その年限りで解雇となった。その後、トライアウトに参加し、JFLのアルテ高崎(旧FCホリコシ)に移籍。開幕でゴールを上げるなど活躍していたが、チームのゴタゴタで半年で退団している。
 
高崎退団後、エンゲルスのつてで、ドイツでのプレーにチャレンジする。ドイツ4部のバルドッホ・マンハイムの練習に参加し、練習試合でゴールを決めたが正式契約には至らなかった。その後、4部のフランクフルトの監督から評価され入団テストとなる練習試合に出場する機会を得たが、書類の不備で試合に出られず入団も見送られ、日本に帰国した。
 
帰国後の2007年6月には、サンガとFC岐阜の練習試合に岐阜のメンバーとして参加。その後、7月にFC Mi-O びわこ kusatsuに移籍が決定した。FC Mi-Oは関西リーグ2位に終わったが、全国社会人サッカー選手権で優勝し全国地域リーグ決勝大会に出場。そこで3位となりJFL昇格を決めた。冨田は全国地域リーグ決勝大会には参加できなかったが(関西リーグに1/3以上出場していない為)、全社や天皇杯では中心選手として活躍した。また、負けはしたが、自身を切った柱谷監督の栃木SCから得点を挙げている(天皇杯2回戦)。2008年も引き続きMIOびわこ草津でプレーし、2009年の2月に現役引退を発表した。
 
木崎伸也氏のコラム:ドイツでの冨田情報

2009/02/17 更新