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郭旭東(クォ・スウトン)のフォアハンドダウンザライン  

 

ヨンドンキラー郭の復活である。結論からいえば郭は方同賢とのペアで劉永東と3度戦って勝ち越した。

 郭の国際大会出場は1998年のアジア競技大会(バンコク)が最初である。思えばこの大会のメンツは凄かった。
 日本は北本、齋藤、中堀、高川、そして平山。韓国は劉永東、全寅修、崔志勲、金耿漢、金煕洙。台湾は廖南凱、葉育銘、謝順風、郭旭東、方同賢。中国にはあの陳亜東もいたのである。うう〜ん、凄すぎる。

 日本は広島アジア競技大会以降の熟成メンバーであり、今日に至るまでの近年最高最強のラインナップ。韓国は、いわゆる3トップ--劉永東、金煕洙、金耿漢--がはじめて顔を揃えた。 もっとも当時は劉永東と崔志勲以外はこの大会がデヴュ−であったのだが・・・
1998アジア五輪国別対抗 日本vs.韓国より。左が全寅修・劉永東、右が北本・齋藤。
同大会男子国別対抗決勝台湾VS.韓国の終了直後。韓国が奇跡の逆転劇で初優勝。
 この3トップが実現したのは1998、1999、2002の三回しかないが、そのうち1999年の世界大会をのぞく二回に国別対抗団体戦に優勝している。 実は98年以降で韓国が国別対抗に優勝したのはこの2回つまり1998年と2002年だけなのである。3トップ恐るべし!。

 台湾には廖南凱、謝順風、葉育銘の国際大会常連組がいて、廖南凱と謝順風がアジア五輪の金メダルをのべ3つ保持、とおしもおされぬ第一人国であった(他国では劉永東がこの時点で一つもっていただけ)。
 また1995〜1998の中国は男女とも同国ソフトテニス史上最強であり、四強時代と掛け値なしにいえた。2000年以降中国は急速に衰えてしまう。

 1998年バンコクアジア五輪は20世紀末の最高メンバーと、21世紀初頭に活躍することになる新鋭たちが集ったひとつの頂点であったといえるのではないか。

 そんな中に郭旭東・方同賢は登場、団体戦決勝でいきなり全盛時の劉永東(ペア崔志勲)に勝ってしまう。
 それどころか個人戦でも、(中堀・高川をファイナルで倒した)崔志勲・金耿漢に準決勝で完勝、決勝は廖南凱・葉育銘との台湾同士討ちに快勝し、いきなり世界の頂点に。当時郭は25才、方は23才。
 翌年は地元台湾での世界選手権開催であり、ここでも団体戦で劉永東を破る。団体優勝、個人は中堀・高川にファイナルで破れ3位。

 翌年以降劉永東は代表の座から遠ざかり、この両者の対戦はなくなる。一方、廖南凱・葉育銘に変わって郭旭東・方同賢は台湾のエースとして活躍。劉永東との対決はなくなったが、変わりに中堀・高川と毎年対戦。これは圧倒的に分がわるかった。中堀・高川は全盛を迎え、佐賀、大阪と日本開催が続いたこともあり、連戦連敗。ただ2001東アジア五輪の個人戦準決勝は記憶されるべき名勝負好試合(5ー4で中堀・高川)。

 2002アジア五輪では劉永東が復活。郭旭東・方同賢も台湾予選をトップで勝ち抜け、デフェンディングチャンピオンとして釜山に現れた。この釜山大会は、3トップが3年ぶりに顔を揃えた、韓国のあきれんばかりの強さばかりが目立った大会だが、個人戦では台湾ペアもそれなりに存在感を示す(廖南凱の活躍については以前にも書いた)。郭・方は苦手だった中堀・高川を5ー2で破り、佐賀、大阪での敗戦の鬱憤をはらした。

 その準々決勝中堀・高川VS.K郭旭東・方同賢、出足は中堀・高川が圧倒的なテニスで連続ポイントをあげ、パーフェクトにG2ー0とリードするのだが・・・そこから郭・方が5ゲーム連取で逆転、この試合スコアこそ一方的だったが中々興味深い語るべきことのおおいゲーム。考え抜かれた戦略とそれを支える高い技術にうならされた好試合(内容については別の機会に語りたい)。

 準決勝、vs.李源学・劉永東。ヨンドンはまだ勝ったことのない郭・方相手にどうか?と興味津々だったっが、郭のボールを地の底まで追っ掛けまわし、とってとってとりまくった。やまもなにもない圧倒的なヨンドンの勝利!!

 以上三対戦郭・方の2勝1敗。方は郭とのペア以外でヨンドンと対戦して1勝2敗でありトータル3勝3敗。

 2003以降はペアを解消し、郭は国際大会の場から選手としては姿を消す。

 2004年監督として代表に復帰し、劉家倫・李佳鴻という想像を絶するダブルフォワードをくりだし、優勝監督となる。このいきなり具合は1998バンコク大会での出現と酷似している。このひとにはなにかあるのである、テニスの才能以外にも。

趙士城に聞いたところによると監督としてはとても優しいそうだ。いつもにこにこえびす顔でうるさいことはいわない。台湾には鉄拳も辞さないような激しい監督がおおいらしいが、そんななかで郭監督の受けはいいようである。

 その郭のテニスだが、これがよくわからない。それを自身もつかみかねているのではないか?多分なんでもできる天才肌というのが本質なのだろうがどうだろう。これが郭のテニスだ。というものが明確ではない。

 たぶん振り切れば近年最高のスピードをもっているのだが、めったに振り切ることをしない。タッチも柔らかく絶妙といっていいだろう。しかし、だ、釜山大会では中堀・高川戦で恐るべき集中力を見せ、緻密なプレースメントでうならせながら、先におこなわれた団体戦では格下だと思われた三石・渡邊を前半圧倒しながら、後半、力を変にぬき、早い話が集中力を失い、目をおおいたくなるような大崩れとなり、台湾をアジア五輪史上はじめて三位転落に追い込んでしまう。その二日後が先の中堀・高川戦である。もうわけがわからない。

 2003年以降、方同賢とペアを解消したあとも選手活動はつづけている。同年の全国運動会では大活躍しているし、2005年に同大会もおなじ(全国運動会は2年毎の開催)。国際大会の予選には方信淵とのペアで出場しているし、2006年からは葉育銘とのペアで予選突破こそならなかったものの大波乱を巻き起こした。そして今年の予選突破。ド−ハの時に選手と一緒に練習しているところをみた限りでは随分スピードが衰えた感じがしたものだが、あれからわずかの間になにがあったのか?世界選手権ではどのようなテニスをみせてくれるのか?中堀・高川との宿命?の対決は実現するか?おそらく団体戦では3番のクローザーとして使われるだろう。ペアはあの葉育銘である。昨年のチームよりも数倍強い、というのは贔屓目が過ぎるか?いずれしてもとても愉しみである。

 

 さて動画。郭らしいやわらかさの出た名人芸的フォアハンドである。

 ここまでの経過(←左動画)を説明すると、郭のセカンドサーブ、リターンは深く地を這うような速いシュート、それを持ち上げてやっとかえす(→右動画)が、これが幸運にもコードボールに、相手はやっと返球、そのかえってきた甘いボールを、強打せずにライジングでライン上に短く絞った、まさに『技あり』の一本である。相手はポジションにもどろうと後退中なのはつけくわえるまでもないだろう。

 テイクバックはいわゆるスモールサーキュラー、フォロースルーも小さめ。タッチのよさが最大限に発揮されている。極基本的なことをつけくわえるなら、肩をしっかりターンし、決して小手先の技術になっていないことにも留意してほしい(フォロースルーで完全の上体がこちらを向いている(最終コマ))。

 

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