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泉崎村資料館

<福島県泉崎村>

最古の力士像埴輪 (原山古墳)

 

    

  原山1号墳全体復元図   福島県泉崎村国道4号線沿い・原山古墳

 

 

「相撲」は今から約1300年前の神話伝承の時代(日本書記・642年)に始まり、日本特有の文化として発展してきました。世界的に見て「相撲」ほど古くから競技として歴史に残り古文書の残っているものはありません。本来「相撲」とは農耕民族である日本人が神に五穀豊穣を祈り、感謝し、その心を奉納する農耕儀礼の儀式が発展した神事です。奉納相撲が村の鎮守の神の境内で行われていたことや土俵に使われている俵がその昔は米俵そのものであった事実が何よりの証拠です。世界的にも先人達の歴史や文化・芸術といった痕跡が急激に滅亡しつつあり、伝統ある故実の本質が危惧されています。地球環境問題が全世界に関わっているように、文化も色々な国や地方に相関した事柄です。歴史や文化自体も本来その国や地方固有のものではなく地球全体の中の一部のものなのです。礼儀礼節を尊ぶ「相撲道」は力士や行司のしきたり、伝統美、様式美などの一切は歴史であり、伝統であり、国技なのです。又、「茶道」や「華道」と同じく長い歴史の中で日本人の生活と深く関わりながら国技とされ現代に至り、ロマンに満ちた相撲故実は数多くのドラマを秘めています。

 

 

 

  

福島県泉崎村資料館

     

   原山一号墳出土形象埴輪      泉崎横穴(装飾古墳)石室内部の

   (福島県立博物館常設展示)  朱彩された騎馬人物や馬などの絵画  

                                     (推定7世紀頃)
   

 

 

原山古墳は、JR泉崎駅の東北約2.6km、国道4号線沿の丘陵上にあり、5世紀末(古墳時代中期末)から6世紀初のころに築かれた古墳と考えられています。発掘調査の結果、推定全長22m、後円部径12.5mの小型の前方後円墳で、福島県南にこの時代、原山以上の古墳が知られていないことから、この地方を治めた人物の墓と考えられます。埴輪の大部分は円筒埴輪または朝顔形円筒埴輪ですが、後円部の先端とくびれ部(後円部と前方部が接する場所)からは人物埴輪、動物埴輪などの形象埴輪が出土しています。後円部の先端からは楯を持つ人と力士像が出土しました。いずれも古墳を守るという役目の埴輪です。力上像は日本の相撲のルーツを示すもので、日本最古の力士の姿です。くびれ部からは山古墳(はらやまこふん)原女子像、琴を弾く人、踊る人、冠を被る人、鳥(鶏または鷹)が出土しています。これらの埴輪群は人物埴輪が登場した直後の段階で、全国的に見ても大変貴重なものです。

      (所在地/太田川字原山)

 

 

資料館でレプリカを創ったそうで在庫が少し

あったので買って来ました。

家の守り神にでも…。

 

資料館の玄関前にある石碑です。

泉崎村出身の力士「雷峰衛門」の石碑でした。

その石碑の隣にある説明文

 

 

 

 

 

 

 

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