世に問う! 「最近は何かが変だ」など、社会情勢の矛盾や変化に個人的な見解や意見をズバリ
 世に問う 言わずにはいられない!
1.自立支援 2.野球特待制度 3.参議院選挙 4.参議院選挙結果 5.総理の責任
6.憲法9条改正に付いて 7.朝青龍問題 8.世界柔道連盟理事会 9.一日一善 10.ミシュランガイドの是非
11.ガソリン料金高騰 12.交通ルール 13.法規制の矛盾 14.蘇民際ポスター掲載拒否 15.どうなるガソリン国会
16.taspoカード 17.食の安全 18.迷惑メール 19.猥褻(わいせつ)とは何ぞや 20.新銀行東京の真意
21.メタポリックシンドローム 22.どうなる暫定税率 23.長寿医療制度の過ち 24.カーボンオフセット 25.暫定税率復活
26.行政サービスとは 27.天変地異 28.これで良いのか日本の農業 29.一通の見舞い状  30.激甚災害指定基準
31世界遺産登録延期 32原油高騰の歯止 33連帯責任の是非 34廃止の論理 35.経営者の気概
36.総理の裁量 37.戦後最大の金融危機 38.非常識な輩 39.自然と共に! 40.国の財政支援
41.豊かさの実感!! 42.裁判員制度に異議申す 43.真のサービスとは 44.ダム理論の検証 45.慈愛の心1
46.逆転の発想 47.不法滞在者の法改正 48.プロとアマ 49.公的資金の行方 50.介護福祉の行方
51.最高の景気対策とは 52.耕作放棄地対策の必要性 53.予算配分のあり方 54.県知事のブログ 55.解散総選挙の争点
56.マニフェスト比較 57.リーダーの条件とは 58.親孝行とは 59.二酸化炭素排出料比較 60.冤罪事件の恐怖
61.親の責任とは! 62.たばこ税増税問題 63.子供手当て 64以降(2010年)は新サイトに移転しました。

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子供手当ての所得制限が論点になっている。麻生政権の折、定額給付金の時も随分と賛否両論議論が交わされた。
一人当たり12.000円の給付を巡って、当時の総理は最初受け取らないと言い、後に撤回した。年収2.000万円の人と200万円の人とでは12.000円に対しての感覚に違いもあるが、単純に言うと10倍の違いである。
今回の子供手当ては月26.000円と言われている。年収2.000万円の人にとって26.000円は微々たる金額だろうが、年収200万円の人にとってはかなりの額である。解り易い様に下の表を参考にしてもらいたい。


以上の様に、時給換算にしてみると実感が湧いてくる。
今回の様に所得の格差によっては、その有難みも違ってくる。国民新党の亀井氏の意見を尊重する云々よりも、必要としている人達への援助を最優先に考えるべきである。
「子供一人ひとりの育ちを社会全体で応援する」と言った民主党のマニフェストを最優先すべし、と言う意見も当然ながらあるだろう。
しかしながら、実情・現状に則した政策であってもらいたいものだ。先の衆議院選で、大半の有権者は民主党のマニフェストの全てに賛成し投票した訳ではない。
自公連立のマニフェストと比較し、民主党への期待と、民主党のマニフェストが今の日本に必要だとの判断に至り、民主党の圧勝に終わったものだと解釈している。
ただ、闇雲にマニフェストの根幹を曲げる様であっても困りものだが、多少の修正は「止む無し」と言えるのではないだろうか。
そう言う意味に於いても、所得に制限を加味する子供手当ては、逼迫した財政の中、財源の確保と言う観点から「好し」とすべきものではないだろうか。もっとも、その所得制限の基準の判断が難しいところだろう。
何れにしても子供手当ての対象になっている子供の居ない国民からみて、自分達には帰ってこない税金である。
その立場で考えてみれば、年収2.000万円の人に応援するよりも、年収200万円の人に応援したいと思うのが一般的な感情だろう。
そんな国民感情からしてみれば、「致し方なし」という事ではないだろうか。ただ、一番重要なポイントとして、子供手当てを支給する事によって、少子化対策の問題が解消される可能性もあると言う点だ。
勿論これだけでは全て解決するとは言い難いにしても、多少なりともその効果は期待できると言えるのではないだろうか。


子供手当てに所得制限だと?(ホリエモン)ブログより

喫煙者は、今現在成人男性の約39%(平成21年厚労省調べ)だと言われており、ピーク時(昭和41年)の約84%と比較すると 、約45ポイント減少したことになる。
ある市町村では、路上でのくわえタバコさえも条例で規制されているところもあり、駅構内や新幹線に乗っても全面禁煙。たとえ喫煙場所があったとしても狭い場所に押し込められ、もくもくと煙が立ち込めている中で、能動喫煙以外に受動喫煙もしながら身を小さくして吸わなければならない。

喫煙者にとっては非常に肩身の狭い思いをするのだが、その追い討ちをかけてタバコ税の増税を政府が検討している。
果たして金額はどれぐらい上がるのだろうか。
一説には1箱1.000円という話も聞こえてくる。増税の目的は、税収?それとも健康?
総理の会見では国民の健康を考慮して値上げに踏み切る考えの様だ。
勿論一方では税収を睨んでの説もある。たとえ1.000円に値上げしたとして、その増税の影響で現在の喫煙者の2/3の喫煙者が止めたと仮定し、1/3残った喫煙者の人口は成人男性の約13%、約650万人となる。
タバコ代は1.000円に上がったと仮定し約3.3倍になり、700円の上乗せ分がまるまる税金であるとするならば、
喫煙人口が1/3になったとしても税収は充分に望める見通しとなる。
総体的に見て、喫煙者が2/3減る事により、将来的にみて、 健康増進という観点から国の保険料負担も減るものと推測され、目論見通りにいくのであれば、タバコ代の値上げは良い事ずくめである。
私も愛煙家の一人だが、むしろ値上げは大いに賛成だ。
止める切っ掛けにもなる。タスポカードの導入で一時止めるつもりだったのだが、意志が弱い所為で、その切っ掛けを逃してしまった経緯がある。
今回の値上げは最後のチャンスだと捉えている。そんな事でもないと止められない自分が不甲斐なくもあるのだが、自分を納得させる何かの切っ掛けや口実が欲しいのである。ただ、問題は喫煙者が1/3に減ったと仮定して、値上げにより被害を被るのは、タバコ生産農家やタバコ販売店、パッケージ屋さんや、フィルター屋さんなどである。300円のタバコが1.000円に上がったとして、値上がり分の700円のうち上記のタバコ生産農家や販売店への補償、例えば、仕入れ値を3倍に上げられるか否かだろう。前での生産者らから見れば、ただ税金をまるまる上乗せしただけでは納得いかない問題である。たとえ、仕入れ値を3倍に上げたとしても、今度は喫煙人口が1/3に減ったと仮定した上で、税収の観点からみると相当な税収の減になりかねない。
何れにしても 、生産農家や販売店等への補償を考慮した上で、値上げの最終決断を下してもらいたいものである。


厚生労働省

イギリス人の英会話講師リンゼイさん死体遺棄容疑で、指名手配されていた市橋容疑者が先日逮捕された。被害者のリンゼイさんを思うと、何とも憤りを感じてならない。
夢を持って遥々海を渡り、日本の地で英会話の講師をしていた。年齢だって未だ当時22歳である。将来ある身、人生これからだった筈。そのご両親や親族にしてみれば容疑者が憎くて憎くてしょうがないだろう。勿論許されるものではない。
罪は罪として、当然しっかり償って貰いたい。
ただ、今回の逮捕の際、石橋容疑者のご両親が顔を公開し陳謝した事に対し、些か思う事もある。
ご両親ともども医者という言わばインテリゲンチャーである。本当に恥を忍んで忍びながらも、社会に対する責任を感じ、今回の様な謝罪会見に臨んだのであろう。
「子供の責任は親の責任」という言わば連帯責任的発想を社会は望んでいるのだろうか。
容疑者の市橋達也氏は30歳にもなる立派な大人である。大人である以上、全責任は当事者が負うべきもので、両親とは関係のない事ではないだろうか。
前述した様に、自ら社会的責任として社会的使命感をもってマスコミの記者会見に臨んだのであれば、やぶさかではないのだが、仮にマスコミの誘発によるものだとしたならば、あまりにも可愛そうである。
当然捜査段階での情報はマスコミにも流れていた筈である。その当時から、ご両親の自宅に押しかけ、何らかのインタビュー交渉をしていたのではないだろうか。
そうなれば、当然、容疑者の親族としては、まったくの受身の立場として、逃げ場の無いとてつもなく重い苦しい重圧を受けていたのではないだろうか。
罪は罪として、当事者がその責任を負う事じたいはしごく当然の話だが、そのご両親の心情を察すると、本当に辛い思いを感じてならない。
ただでさえ愛情を尽くして育てた息子が、殺人者として容疑(現時点では)をかけられ、世の中を騒がせている。その事じたいショックが大きいだろうし、おそらく生きていく気力さえ失っているのではないだろうか。そっとしておくべきものではないのだろうか。この事は、何も今回の事件だけではない。今迄何度も何度も、事件の度に両親が謝罪の会見で肩身の狭い思いをしながら必死に耐えている。恥を曝すのは容疑者当人だけでいいのではないだろうか。

警視庁

「すみませんでした」の一言で、絶対に済まされない1つに「冤罪事件」がある。
冤罪とは「無実であるのに、濡れ衣を着せられ犯罪者として扱われること」という言わば検察や裁判官の「過ち」によって有罪と確定されたものだが、嘗ても免田事件や島田事件の様に、再審請求を受理され無罪判決となった事件もある。
つい最近では1990年5月に、4歳の少女が殺害された「足利事件」があるが、元被告人の菅家さんが、当時のDNA鑑定の未熟さから、犯人と断定され1993年に無期懲役を言い渡され、2002年の最高裁で一旦有罪が確定された。同年に弁護側は最高裁に対し再審請求を提出し、その後、再審請求の即時抗告審で、東京高裁は2008年12月、弁護側が求めたDNA型再鑑定実施を決定した。
2009年5月、真犯人のものとみられる試料と、菅家さんのDNA型が一致しない事が判明した。菅家さんは17年にも及ぶ長きの間、犯人として扱われ、想像を絶するであろう辛酸を舐めながら、一人暗い鉄格子の中に留置されていた。

たとえ、故意ではなかったとしても、一時の出来心で犯行に及んだ真犯人であるならば、悔いても悔やまずとも諦めもつくだろう。
しかしながら、何の覚えもない、まったくやりもしていない人間に、突然犯人扱いされ、17年も鉄格子の中にぶち込まれた訳だから、その悔しさや、憤り、無念さは想像を絶するに違いない。
今回の足利事件の様に、再審請求を受け来春には無罪確定がなされるであろう事件や、前述の免田事件や島田事件の様に、再審請求を受理して無罪判決が下された事件はまだ良い方である。
嘗ては冤罪の可能性が高いと指摘され、冤罪主張がなされていたとしても、再審請求を受け入れる実績が少ない為、再審請求を行っている間に長期間経過し、死刑執行が行なわれず、又は、仮釈放が許可されずに獄死や満期釈放となる例が多い。
この様に何時なんどき「犯人扱いされる現実がある」という事は、実に恐ろしい事である。同じ様なケースとして、つい最近、医学部の教授の様に、やりもしない痴漢行為に実刑判決を受け、本当に言い様の無い苦しみを味わっていた。
果たして、今後もこの様な「犯罪行為」とも受け取れる検察側の対応や、裁判が続くのだろうか。
こんな事は絶対にあってはならない。
こんな事があっていい筈がない!(痴漢冤罪事件の実態)
「間違いでした」では絶対に済まされる問題ではない。では、どうしたらこの様な過ちを繰り返さないで済むのだろうか。その一つとして、取調べの「可視化」が挙げられる。その実行に向けて、関係機関で進められている様だが、これは一刻も早く実施して貰いたいものである。そうする事により、取調べの実態も把握でき、強要を強いられる「自白への追い込み」も解決されるのではないだろうか。また、それと同時に、責任問題も明確にすべきではないだろうか。今迄は組織としての責任問題とされ、取調官個人に対して何の責任問題も発生していない。この事が絶対にあってはならない「冤罪事件」を生んでいる大きな要因であると私は思っている。今回の足利事件の弁護団は、当時の取調官に対して、責任問題を追及している様に、この責任の所在をはっきりとさせ、追求していかない限り、悪しき「冤罪事件」を、決して葬り去る事は出来ないのではないだろうか。・・・

菅家さんを支える会

高速道路の無料化に向けて、自民党時代に土日祝日料金1.000円制度が導入され、その結果と見通しに付いてCO2(二酸化炭素)の排出量を調査した報告書が、運輸調査局によって発表された。その内容によると、土日祝日に高速道路を利用した自家用車が制度実施前よりも36.6%増えた事に伴ない、二酸化炭素排出量は一年間で204万t増えると推計した。
これは有識者5人でつくる研究会が作成もので、36%の増加分のうち、24.5%は新たに高速道路の利用が増えた事によるものであり、一般道や鉄道など、他の交通機関からの転換は計11.5%。これに伴うCO2排出量の増減をみると高速への転換に伴い、一般道の渋滞が減る一方、新たな高速道路の利用増で192万t、鉄道などからの転換で25万t増となって、差し引きで大幅増だとの見解だった。

しかしながら、この調査発表の内容に付いて、いささか疑問を感じてならない。
確かに、一般的に考えてみても、高速料金が安くなればそれなりに利用も増え、CO2の排出量も増える。
それは理解できるのだが、
疑問の第1点目として、一時的に利用者が増えるとしても、果たして土日祝日の高速道路を利用する遠出(旅行など)は、何時までも続くものなのだろうか。
民主党のマニフェスト通りに無料化となれば、やはり一時的には間違いなく増えるだろう。
例え、一時的に増えたとしても当然ガソリンを燃やす訳だから、遠出すればするほど燃料代の負担は増していく。
ましてや、観光目的で外出するとなれば当然お土産も買うだろうし、飲食代もかかる。ましてや、「飽き」もするだろう。
そう考えると何時までも続かないのではないだろうか。
第2点目の疑問として、車のCO2の排出量の部分だが、高速道路料金が無料になったと仮定して、普通乗用車が、
例えば盛岡市から仙台市まで約200Kmの道程を移動したと仮定する。
A車は一般道、B車は高速道を走った場合のCO2排出量の違いについて、皆さんはどう思われるだろうか。
一般道のA車は、例えば盛岡と仙台間の約200kmの区間、
信号の数は幾らあるだろうか。相当な数にのぼるだろう。
この映像は見ている人達の判断ですが、私はecoは大いに賛成です!
一旦赤信号で止まり、発進する際に出すCO2の量は相当な量にのぼるのではないだろうか。
ましてや、それが大型車だったらどうだろうか。皆さんも、赤信号で止まる度に経験していると思うのだが、大型車が発信する際の黒煙は、かなりの量である事を周知の筈である。今回の調査の中に、この様な、一番重要な発進時のCO2排出量のデータまで、徹底した調査をしたのだろうか。
因みに、この比較に付いては、ひょっとしたら、自動車メーカーであればデータがあるのではないかと思い、ある大手メーカーに電話し、問い合わせてみる事にした。
ところが、その様なデータは持ち合わせていないと言う回答が返ってきた。この様に、最大手のメーカーですらないデータを、果たしてどこまで調査したのだろうか。甚だ疑問に思えて仕方が無い。
運輸調査局、報告の「高速道路料金引き下げに関する研究会」報告概要(PDF)を見た限りでは、具体的なデータは見当たらない。もし、その辺まで、綿密にデータを出した上での発表であるとするならば、その情報も開示すべきではないだろうか。・・・

「高速道路料金引き下げに関する研究会」報告概要

ある方から、「親孝行ってなんだろうね?」と言う問に、はてさて、返答に窮してしまったのだが、迂闊にもその答えの一つとして、「親と同居することだ」と安易にも答えてしまった。
しかしながら、物理的に不可能である人達も中にはいる、という事を後になって気がついたのだが、後の祭りだった。仮に親と同居することが一番の親孝行だとしても、そうしようにも出来ない人にとっては非常に辛い回答だったに違いない。言葉はよくよく選んで話すべきだと後悔したのである。
仕事や色んな事情で、親と離れ離れに暮らしている人達は大勢いる。その人達が親に対して「同居しようよ」と話してみても、住み慣れた土地を離れたくないとする親も大勢いる。歳をとればとる程、その傾向が強い。
現に、私の友人もその一人である。年老いた母親一人を残して異国で暮らしている。帰国する度に、その事が何度も話題にのぼる。心中察するにいかばかりか。彼の心中は、母への想いや心配の念で一杯なのだ。私は安易に答えてしまった事に対して、自分の不甲斐無さに憤りを感じてしまった。そんな事から、「親孝行」に付いて考えてみる事にした。
一般的な見方として、
「親に心配をかけない事」「迷惑をかけない事」などがある。
しかしながら、迷惑や心配をかける事も親孝行の一つだ、とする意見も中にはある。
また、「経済的な援助をする事」或いは「出世して自慢の子になる事」などもあるだろう。
完璧であれば、それに越したことはないのだが、果たしてそれだけなのだろうか。
常日頃から、「親孝行せねば」と考えているものの、
具体的にどうしたら良いものなのか、なかなか判断に迷うところだが、解決の糸口として、「親が望む事」に対して、期待に応える事、と言うのが回答の一つでもある。

親自身、望む事は人それぞれである。ある母親は「子供が健康であればそれでいいのよ」又、ある父親は「経済的に支援してもらえればそれで良い」と言う人も中には居るだろう。
それぞれに、親の望む事に応えられれば良いのだろうが、
もし、私がその立場で考えてみるとしたら、
一番の親孝行とは、やはり、子供が健康で、しかも家庭円満であればそれだけで充分だと思うのである。親は何歳になろうとも、子供の事が気がかりなのだ。
子供の幸せそうな顔や姿を見ることが、親にとっては一番の孝行なのではないだろうか。
財力に恵まれずとも、決して高名にならずとも、幸せな結婚をし、幸せな家庭を築く事や、仮に一人だったとしても、その子が「今が一番幸せなんだ」と思っている事こそが一番の親孝行だと私は思っている。
今後、もし「親孝行とは何ぞや」と、質問されたなら、「我が子が幸せでいる事が一番の親孝行だ」と答えたい・・・。


仏教における「親孝行」の定義(是非ご一読を!)

下馬評通り、民主党308議席、自民党119議席と民主党の圧勝だった今回の衆議院選。
自民党にとっては、歴史に残る大敗を期した今回の「政権政党を決する」選挙だったが、自民党から見た大敗の要因はどんな原因が考えられるのだろうか。
小泉政権以来の勝ち組、負け組の二極化を助長させた背景への、国民の不満が爆発したものなのか。或いは、小泉路線を継承する小泉チルドレンなどへの排斥行為とも思える麻生内閣への不満によるものなのか、大きく分けて二通りの見方が出来る。
それ以外には、「内輪もめばかりやっている自民党では」政権政党に相応しくないとするものなのか、国民の不満が一気に爆発した形になったのだろうか。
等々、色んな要因が考えられるのだが、私の見方として、注目している要因として、民主党の長妻議員の活躍が大きいのではないかと思っている。年金漏れの問題に端を発し、霞が関に徹底的にメスを入れた。
その事によって、官僚主導から国民(政治)主導へと気運が大いに高まってきた。その功績は実に大きい。
何れにせよ、歪曲した今の日本社会の原因を作った自民党では「いかんぞ」と言うことである。
新たな方向性を見出そうとしているのが、今の日本の現状ではないだろうか。投票所では、嘗て見られなかった20代の若者達が、積極的に投票所に足を運び、将来の不安を解消すべく「清き一票」を投じる姿が見受けられた。
10代20代の若者が、将来への不安を当り前の様に感じる社会であっては決してならない。
希望を持てない世の中であっては、決してならないのである。その為に多くの国民が、変革を望んだのである。
民主党が掲げたマニフェストが支持され、与党となった以上は、早急にマニフェストを実現しなければならないだろう。
4年間の試用期間を国民から授かった「チャンスの期間」でもある。必ずや、マニフェストを実行に移して頂きたいものだ。
問題は二大政党として、均衡を保つ上でも、野党となった自民党が健全な野党としての役目を全うできるのか否か、疑問視されている様だ。しかしながら、これも「トップである総裁次第」と言う事ではないだろうか。
強いリーダーシップを持った人物で、しかも庶民の感覚を持ち合わせ、行動力と統率力を兼ね備えた人物がリーダーになるのであれば、充分に機能を果たし、次期選挙では、充分に逆転もあり得る筈だ。


私であれば、
二世議員の廃止に、相当な圧力があったであろう中を、必死に唱え続けた芯の強さや、しかも、なかなかの苦労人でもある。
氏は横浜市議会議員を経て、1996年衆議院議員に初当選し、庶民の感覚を充分に持ち合わせている「菅 義偉」さんが、自民党のリーダー(総裁)になるのならば、次期参議院選での逆転は十二分にあり得ると思っている。
「孟子」が説いた“王道と覇道”(前者が徳をもってする政治、後者が武力や傲慢をもってする権力政治)という意味だが、人身への思いやり、希望を与えることが、王道の第一条件である。 その王道をもってして、世の中に希望を与え、良きリーダーとして讃えられていた人物にアレキサンダー大王がいる。大王は「征服地の民からさえも、敬愛された人格の持ち主だ」と言われている。
この王道のリーダー論は何も政治家だけではない。会社の経営者にも言えること。
私の尊敬する経営者の一人に、京セラの創業者「稲盛和夫」さんがいる。師の信念の1つに「人間としての最高の行為は、世のため人のために尽くすこと」と唱えている。
先頃の、リーマンブラザースの破綻に端を発し、
サブプライムローンの複雑さが世に明るみになった金融危機の中、従業員とフィロソフィを共有しながら、率先垂範し、しかも従業員のみ犠牲にする事無く、100年に1度と言われるとてつもない厳しい不況を乗り越えようと努力していらっしゃる。
そんなリーダー像が、菅 義偉氏にだぶって見えてくるのである。・・・


菅 義偉物語 http://www.sugayoshihide.gr.jp/anime.htm

公示日8月18日、衆議院総選挙8月30日を前に、各党がマニュフェストを発表したが、なかなかじっくり検証する暇もなく、お盆をむかえた。お盆はお盆でこれまた忙しいけれども、飲みたいところをちょっと我慢して比較検討することにしてみた。

自民党と民主党のマニュフェスト比較
自民党 民主党
教育・子育支援 3歳から5歳児の幼児教育の無償化。高校・大学は返済義務の無い給付型奨学制度。低所得者の授業料無償化。 中学生まで、一人当たり月額26,000円の支給。公立高校の無償化。生活保護の母子加算復活。
私の見解 幼児教育の無償化、公立高校の無償化は大いに賛成だが、民主党案では私立高校への支援策が見られない。地方の場合、公立高校の受験に失敗し、止む無く私立に進学するケースが多い。その支援策も講ずるべきだ。自民党案の高校・大学への給付型奨学制度は全学生なのかそれとも、一部の学生か、また、奨学金の額はいくらなのか?
判定(点数) 80点 80点
政治改革 国会議員の世襲制
党内事情を考慮し、次々回衆院選から 即時実施
国会議員の定数削減
10年後に定数の3割以上削減 衆院比例定数を80削減(時期は不明)
私の見解 国会議員の世襲制即時撤廃は大いに結構。また、本来の選挙とは、この人物だったら我々の代表に相応しい。庶民の生活実態や、地方の現状を把握している人物を、国政や県政に送り込むのが本来の姿であって、各党が勝手に決めた人物に、願いを託す清き一票を投じたいとは思わない。
判定(点数) 65点 70点
地方分権 17年迄に道州制を導入し、国と地方の代表者が話し合う協議機関の設置 紐付き補助金を廃止し、地方が自由に使える一括交付金に切り替える
私の見解 自民党案の道州制だが、そのメリットがよく解らない。仮に東北6県が東北州として地方分権の恩恵を受けたとして、何が変わるのだろうか。東北州は東北州で勝手にやってくれ、と言うのであれば何も宮城県や岩手県の各県で勝手にやるのと違いは無い様に思えるのだが。政府が管理する上で、楽にはなるのかもしれない?
判定(点数) 50点 70点
年金問題 来年末を目途に年金記載漏れを解決。無年金者・低年金者の支援を3年以内に整備 年金制度を一元化し、月額7万円の最低保障年金の実現。2012年度から実施
私の見解 年金記載漏れを来年末に整備と言うことだが、本来であれば既に解決していなければならない筈。民主党案の年金一元化は結構なことだと思うのだが、果たして月額7万円で充分と言えるのだろうか。今回のマニュフェストの中に社会保障の項目がない様だが、自民党の「安心社会実現」、民主党の「国民生活第一」のキャッチフレーズがあるにも係わらず、具体性に欠け、ましてや重要なポイントが欠けているのではないだろうか。
判定(点数) 50点 50点
農業問題 米国との自由貿易協定の締結
反対 賛成
食糧自給率50%を目指す。農家の所得増大を支援 農家への戸別所得補償制度の創設。
私の見解 米国との自由貿易協定の締結については、一般消費者を最優先に考慮した点で、ある程度評価できる。ただ、自給率向上といった点ではマイナス評価である。食料品輸入の際の安全性を考慮し、検査を厳しくすることは言うに及ばないが、食料品の輸入増加を招く協定は、日本の農業の衰退を意味する。その為の戸別補償と言うことだろうが、この政策は長くは続かないだろう。仮にこの制度を導入したとしても、やがては税金の無駄使いではないかと「やり玉」に挙げられる可能性が高いだろうし、農業政策の根本的な解決にはならない。
自給率についても、農水省の比較基準としてカロリーベース(約40%)が基準だが、金額ベースで見ると、食料自給率は66%である。勿論それでも先進国の中では低い方だ。
判定(点数) 70点 60点
安全保障 インド洋での給油活動
継続 期限切れ以降は反対
日米安保強化。集団的自衛権の政府見解見直し 緊密で対等な日米関係など主体的な外交戦略構築
私の見解 この問題は憲法第9条の解釈の問題もあり、一概に言えない部分だが、集団的自衛権の行使を優先すべきか、完全な戦争放棄の観点から解釈すべきか、迷うところであるが、世界でも類をみない日本国憲法(誰が作ったかよりも、どんな内容かが重要)を尊重すべきだとする観点から、反対すべきではないだろうか。
判定(点数) 50点 55点
財源・消費税 経済状況好転後、消費税など増税(具体的な期限は未定) 徹底して無駄を省き、2013年度には16兆8,000億円を捻出。消費税率は政権獲得後4年間は据置。
私の見解 徹底した無駄を省くことは吝かではない。ただ、何が無駄で何が無駄じゃかいかが問題である。国民全員にとって無駄なことであれば大いに省いて貰いたい。だが、一部の国民にとって無駄なことでも、ある一部の国民にとって生活の糧になるものを無駄だと切り捨てられる様では言語道断。無駄を省く事も非常に重要だが、前での様に、老後の安心が保障され、不安を抱かずとも安心して生活を送れる為の増税ならば止む無し。と思うのだが。
判定(点数) 60点 55点
総合点 425点 440点

以上の様に、私なりのマニュフェスト比較をしてみた結果、若干民主党の方に分がある。との結論を出したけれども、これはあくまでも私なりの判断であって、「もう自民党では」と言う若干の偏見もある。
政治情報サイト「Yahoo!みんなの政治」では各党のマニュフェストを比較分析する「マニュフェストマッチ」を8月17日にオープンするらしい。年金制度や政治改革」など7項目のテーマ毎にマニュフェストを選ぶと、どの政党が自分の考えと近いかが判断できるようだ。
何れにしても、マニュフェストは選挙公約(目標)とは違い「明白」と言う意味。
「約束したけどダメだった」では話にならない。必ず実現してもらわなければならない。ただ、政権交代をあまりにも意識し過ぎた「大盤振る舞い」では、後になって困るのも確かではないだろうか。・・・


Yahoo!みんなの政治

麻生総理の解散を受け、8月30日に衆議院選が行われる。
解散と言えば「バカヤロウ解散」が有名だが、昭和28年右派社会党の西村議員の質問に対し「バカヤロウ」と言ったことで、騒然となりそれがきっかけで解散が行われた経緯がある。
実際は大声で「バカヤロウ」と叫んだ訳ではなかったらしい。吐き捨てる様に洩らしたのがたまたまマイクが拾ってしまった。と言うのが真相の様だ。この時の総理が麻生総理の祖父吉田茂元首相である。
一昨日も麻生総理の「高齢者は働く事しか能力が無い」などの失言が物議を呼んでいたが、言葉は災いの元、選んでしゃべらないと・・・
余談はこの辺にして、各党ともマニフェストの発表を控えて、侃侃諤諤と煮詰めているところだろう。
このマニフェストは党を選ぶ際、我々選挙民にとっては「どの党を選ぼうか」非常に大事な判断材料となるのだが、個人的な意見で恐縮だが、そもそも選挙のあり方として一番大事なものは何かと考えるてみると、我々地方の人間にとっては我々地方を知り尽くし、我々の代表として相応しい人物を国政の場や県議会におくりたいと思うのが本音である。

現在の選挙制度では、その本筋が若干薄れつつある様に思えて仕方が無い。と言うのも現在の国会議員の選挙制度は「小選挙区比例代表制」という制度で行われている。
嘗ては、「中選挙区や大選挙区」で行われていたのだが、それでは大政党に有利になると言われていた事や、二大政党制を促進する上で良しとする見方もあった。
ましてや、「派閥の存在感が薄まるのでは」
との見方もあった様だ。政党の派閥と言うものは、そもそも同じ選挙区に同じ政党の複数の候補が立候補した為に生じたものだとする上で、その派閥の圧力を減少させる狙いもあった様だ。
ともあれ、地方の意志を表現する意味に於いて、小選挙区があることは多少の救いであると納得せざるを得ないのだが、何れにせよ、地方の意志や意向を反映させる為には、地方分権以外にないと考えられる。
その上でも、今回の選挙の争点として地方分権をどの様に各党のマニフェストに掲げるかによって、私としては注目する争点の一つであると見ているのだが。・・・


選挙の仕組み

■県知事のブログ(平成21年6月26日)
岩手県が、年内策定に向けて作業を進めている県の新しい長期計画(2009〜18年)に関して、岩手県達増拓也知事が県公式HPに、知事のブログを開設したとの事。
タイトルは「『みんなで創ろう!いわての未来』作戦会議室」誰でも直接コメントを書き込むことができて、知事とのタイムリーな意見交換が可能な様だ。県民からの意見を参考に、今後の計画案を9月に示す意向だとの事。是非とも意向を汲み取って頂きたい。
以前は目安箱ならぬ意見コーナーが設けられていたが、提案や意見の殆んどは関係部署で篩いにかけられ、その一部のみが知事に県民の意見として届いていた様だ。
今回のブログ開設によって、県民の意見が、ダイレクトにタイムリーに知事の目にふれる事になるというのは、非常に好ましいことである。ワンクッション・ツークッションフィルターを通した意見や提案では、実態が見えてくる筈もない。
生の県民の意見や実態を見る事によって、真の県政、県民の為の県政がなされるものと大いに期待したい。
次期衆議院選挙に向け、自民と民主の激しい鍔迫り合いが注目を集めている中、「財源ありき」の主張を前面に出す与党と、「国民の生活安定」を前面に唱える野党だが、構想や方向を示す上で、「財源ありき」では決して前に進められるものではない。
構想を固め、目標を決める事を先ず優先し、財源をどうすべきかは後の議論でいい筈だ。県政とて同じ事。財源がないから「これは出来ません」じゃなく、構想を練ってみて、県民の為、県の為に良いと思ったなら、財源をどう工面すべきかは、後で知恵を絞れば良いのである。民間企業であれば、財源がなければ金融機関に借金し、営利を目的に事業を展開する。
その後に利益の一部から借金の返済にあてるのが一般的だが、国や地方自治体は民間企業の延長であっては決してならない。
何代か前の総理の下で、強引過ぎる構造改革が「骨太」をスローガンに掲げ、結果的には、中央と地方、富裕層と貧困層、勝ち組と負け組みの二極化が顕著に現れ、格差が益々激しくなった。格差を助長させる政治は決してあってはならない。その轍を踏まないで頂きたい。
国や地方自治体は、一般企業とは全く異質なものである事を再認識して貰いたい。
その問題を解決するキーワードは、「有限ありき」の目線ではなく、この世の真実である「無限の本質」を理解した上で、柔軟に国政や県政に活かして頂きたいものだと、希っている。

 みんなで創ろう!いわての未来(知事ブログ)  東国原知事ブログ

予算配分のあり方(平成21年6月17日)
補正予算の一般会計総額は過去最大の13兆9256億円、その内、公共事業費が約2兆3千億円が計上された。景気対策という事だろう。
嘗て、1929年世界を震撼させた世界大恐慌では、ルーズベルト大統領の下でニューディール政策が功を奏した実績がある。この政策の柱となったものが莫大な国家予算を投入した公共事業である。
この公共事業によって、経済を救うという発想は、イギリスのケインズによるもので、不完全雇用の下でも均衡が成立すると論じ、完全雇用を実現する為の理論を確立した。これを最初に政策として実践したのが、前でのルーズベルトであり、ドイツのヒトラーである。
日本でも戦後の経済政策はこのケインズ理論に近い方法をとっている。公共事業に重点を置いて、経済の建て直しを計り、田中角栄氏の日本列島改造計画によって、日本中何処にいても同じレベルの生活水準を維持させ、過疎と過密を解消し、均衡ある国土の発展に寄与したという点から言えば確かに実績も讃えられる。
ただ、結果的には土地投機ブームを起こし、1973年10月に第4次中東戦争にさいしてのアラブ産油国の石油戦略によるオイル・ショック(石油危機)が直撃した。その為インフレ状態となり“狂乱物価”があらわれ、田中内閣は福田赳夫氏を蔵相に入閣させ引締め政策に移り、石油需給適正化法、国民生活安定緊急措置法を公布してインフレ抑制に努めたが、74年に入っても消費者物価の暴騰が続き、不景気中の物価高であるスタグフレーション現象がおさまらなかった。
74年度のGNPは実質で対前年比0.2%減で戦後はじめてのマイナス成長となった経緯がある。
ただ問題はこの当時の経済状況と、今の状況とでは基本的に違っている様に思われる。今の経済構造は当時より複雑になってきている。莫大な不良債権を抱えながらの難しい経済運営に迫られている。と言えるのではないだろうか。
とは言え、景気対策の柱は何と言っても、この公共事業である事は否めない。
ただ、問題は誰が見ても「こりゃ無駄じゃないか」と思える公共事業が多い事に問題がある。以前、このコーナーでも提言した様に、「有事を想定してか否かは分からないが」普段は熊やキツネ、カモシカしか通らない道を数百億もの税金を投じて、立派な舗装道路を建設する事が、果たして良いのか否か甚だ疑問である。
それよりも、もっと必要とされ、望まれている生活道路や舗装して貰いたい道路が山ほどあるではないか。
では、何故こういう現象が起きるのだろうか。それは各省庁の予算配分に問題があるのではないだろうか。例えば、今年の国交省の予算は十数兆円、農水省の予算は数兆円と割り振られてしまう。それ自体問題ではないのだが、各省庁、各地方自治体はこの予算を年度内に消化してしまわないと、翌年の予算が減る事になる。
3月の決算時期になるとよく見かけるのが、あちらこちらで追加工事や随契工事などで、道路改修工事や舗装工事によって交通の便も悪くなる、と言った現象を見かける。
ただ、最近では世論の批判もあってか、工事の発注を早めているので以前ほどではない様だが。ただ、生活道路に関して、必要とされる工事の予算消化自体に何の問題もない。
問題なのが、さほど必要でもないと思われる工事に税金を投入する事が、どうしても腑に落ちないのである。
これを解消する為には、省庁の枠を超えて、国交省、農水省ら共に全ての工事案件を網羅して、一物件一物件、是か非か、必要か不必要かを検討する必要がある。
その検討する機関を外部団体として立上げ(勿論財務省でも良いのだが)、官僚主導ではなく、民意を反映できる組織を作り、各工事物件一つ一つ議論を交わし、煮詰めていく必要があるのではないだろうか。
そうする事によって、各省庁の枠を超えた税金の無駄使いを減らし、生きた税金を使う事によって、真の公共事業による景気対策にもなるのではないだろうか。・・・

 国交省予算  農水省予算

耕作放棄地対策の必要性(平成21年5月22日)
中国産の食品への薬物混入の事件以来、食の安全に対する考え方が一段と厳しさを増した昨今、自給率の低い日本の食料自給に注目が集まって、農業に対する見方が変わりつつある。
日本の農業は、中山間地域を初め、殆んどの農家が兼業農家である。
水田の作付け面積を平均すると一戸あたり約1ヘクタール(1町歩)。収穫t数でみると約5tちょっと。嘗ては一俵(60kg)あたり24.000円前後だった米の供出価格も、食管法改正以来、販売の自由化に伴なって、今では一俵あたり約13.000円で、一昨年などは12.000円にも満たなかった。
一部のブランド米のみ突出する現状である。
一俵あたり13.000円では一戸あたりの原価計算でみると、間違いなく赤字である。米を作れば作るほど赤字が膨らんでいく為、農家の就農意欲も薄らぐのは当たり前と言える。そんな中、農水省は耕作放棄地に対して助成金を出して、大規模営農を推奨する政策を打ち出した。
この政策は前出の稲作に限らず、野菜などの畑作への大規模化を目論んだ取り組みと思われるが、その内容に疑問を感じてならない。
我々の様に、中山間地域で細々と兼業で農業を営んでいる側からみれば、戦戦恐恐とする政府の方針だが、農業経営を大規模化し、法人化することは日本全体の農業の発展と言う見地から否定するつもりはない。
ここで大規模化云々の議論をするつもりはないのだが、耕作放棄地に対する助成の内容に異議があるのである。

耕作放棄地助成の内容はこうだ。
荒れた野原を開墾し、伐採や整地に対して貸主や借主に対し、助成すると言う事のようだ。
しかしながら、現状をみると荒れた野原や原野を開墾する前に、もっとやる事があるのではないだろうか。現在休耕している水田や畑が山ほどあるではないか。
高齢化や担い手となる後継者がいない為に、今直ぐにでも農地として活用できる以前まで田んぼだった休耕地や、もと畑として野菜などを植えていた遊休地があるではないか。
貸したくとも、借り手の無い農地が山ほどある。どうやって、誰に貸したらよいのか分からない人達が大勢いる。耕作しようにも高齢化の為に耕作できず、ましてや、荒らしてしまうと周りの人達に迷惑がかかると、老骨に鞭打って腰を曲げまげ草刈をしているのが現状である。
国民の血税を奮発して、わざわざ荒れた土地の整備をやるよりも、トラクターで一度土を起せば直ぐにでも耕作できる農地が沢山あるではないか。それを飛び越えて税金を無駄に使おうとしているのでる。
日本の農業全体を考えた上で、確かに発想は悪くは無い。実態を知らない一般の人達から見れば確かに聞こえも良いだろう。荒れ野を田畑に整備して、日本の食の安全を守り、日本の農業を強固にして自給率を上げたいとする大義名分は、おおいに結構な事だが、今直ぐにでも農地として活用できる土地を、有効利用する為の政策を打ち出すのが、最優先じゃないだろうか。
貸したい農家と借りたい企業や、大規模農家への橋渡しを担うネットワークを構築する事を優先すべきではないだろうか。その為にも先ず、その実態調査を各自治体に示唆して、徹底的に調べる事から始めるべきである。
大臣や農水省の役人は実態を把握していない。机上の空論ばかり並べたてても結局無駄な事を繰り返すだけである。
荒れた野原に、国民の大切な税金をつぎ込むよりも、もっと前にやるべきことがあるのではないだろうか。・・・

 これで良いのか日本の農業

■最高の景気対策とは(平成21年5月11日)

老いてきた両親が「なんだか最近の日本は住み辛くなってきたよな〜」とよく呟く様になった。私も同感である。
いや、私や両親だけじゃないだろう。老後の事や未来を考えるにあたり「不安」の2文字が脳裏をよぎる様になった。年金問題や雇用の問題、経営の問題などなど、どれをとっても不安の2文字が先行するのである。
何故そうなったのだろうか。雇用に関して言うならば、嘗て終身雇用や年功序列といった定年迄の生活の保障がされていた時代は、今ほど不安を抱えていただろうか。
また、年金に至っては60歳で定年を迎えたとしても、年金の受給によって定年後の生活が保障されていた。少なくとも今よりは生活に対しての不安がなく気持ちにゆとりがあった筈だ。不安が少なければ少ない程、当然消費も増え景気だってよくなる筈である。
しかしながら、今の日本はどうだろうか。莫大な個人の預貯金(一部の富裕層だけという説もあるが)がありながら一向に景気は回復しそうにない。
何故ならば、消費するよりも蓄える事を優先するからに他ならない。では何故蓄える事を優先するかと言えば、将来への不安があるからであり、子供達の将来を考え、蓄えに回すからである。
その根本原因である将来の不安を先ず解消しなければ、いくら給料を貰おうとも、いくら事業に成功しようとも消費には回らないのである。その原因となったものは色々あるだろう。行き過ぎた市場原理主義や、個人による過剰な自力救済思考など色々あるだろうが、個々的に見て、悪い事ではないけれども行く過ぎが問題なのではないだろうか。
それでは将来の不安を取り除くにはいったいどうすれば良いの だろうか。結論から言うと、それは社会保障の充実にある。
老後の生活を保障されていると言う事になれば、何もそんなに預金する必要もなくなるだろうし、子供の将来だってそれほど不安でもなくなる筈である。
気持ちにゆとりさえできれば、今まで蓄えていた貯蓄を消費に回すだろうし、仕事だって、ギスギスして相手を蹴落としてまでもやる必要もなくなってくるだろう。ただ、競争の原理を否定するつもりはもうとう無い。競争の原理によって進歩も生まれる。余裕を持って仕事が出来ると言う意味である。
社会保障について世界との比較を見てみると、社会保障給付費の対GDP比で見ると、日本は17.7%である。対象29ヶ国中、23番目と社会保障のレベルが低水準にある。
この社会保障レベルが高いのはヨーロッパ諸国である。「ゆりかごから墓場まで」とまでは言わないまでも、老後の不安を解消できるぐらいの社会保障のレベルを上げるべきではないだろうか。
その財源となるのはやはり消費税である。消費税引き上げは一見消費の低迷を生むのでは、との見方もされるかも知れないが、「将来や、老後を担保する」という意味であれば吝かではないと思うのだが。
日本は今その転換期にきているのではないだろうか。米国型の自力救済思考的発想からヨーロッパ型の相互扶助的発想を取り入れる転換期に来ているのではないだろうか。その足かせとなっている日米安全保障条約の問題もあるだろうが、日本は日本である。
そろそろ日本独自の路線を見出してもよいのではないだろうか。・・・



末期がんと戦いながら、昨年5月22日参議院本会議場で「がん患者」であることを告白し「がん対策基本法」の成立や、さらに「自殺対策基本法」の成立にも、我が身を賭してまでも基本法の成立に尽力した元民主党議員山元たかし(故)さん。
 社会保障国際比較