第7回天体界道100kmにちなんおろちマラソン完走記

                                              (洗脳編)

                                                      森ちゃん

  昨年の夏、大峯早駈を共に完走した仲間が言った。

「ここのタイムは、サロマの完走タイムとほぼ同じなんや・・・・・。」

 もしそれが本当なら早駈を8時間45分で走った僕は、走らずしてサブ10を手に入れた事になる。

だが、それは一つの指標にはなるかも知れないが、完走しないと誰も認めてくれないし、まして自分の実力もわからない。とにかく参加しなくては話しにならないと思った。

フルの記録更新を半ば諦めていた僕は、どんな走りが出来るか、わくわくしながらウルトラ参加を早駈完走でためらいもなく決めた。

加齢による処理能力低下も加わって仕事が定時でこなせなくなって来ていて、レースの為に2泊もする余裕は全くないので、オフシーズンで近場のウルトラとなると、レースも限られてくる。 5月のえびすだいこく、6月のしまなみ、にちなんおろちといったところか。5月はTBの合宿があるので、パスして(結果的に割込が入り欠席)、仕事もやや一段落するであろう6月の大会に的を絞った。その中でも高低差があり、変化に富んだ早駈にも似て親しみやすいにちなんおろちに照準を合わせた。

都合の良い事に第5、6回大会の45歳以上(部門B)の入賞者の1,2位は2年連続で同じであり昨年の美山マラソンの50歳以上1,2位でもある。(美山3位は僕。ちなみに今年は2位と公約達成。) おろちを美山の延長と考えれば、未経験の距離でもなんとかなると思った。

「1位から3位まで美山組で独占も夢ではない」と考えることにした。

それに加えて距離が長くなるので「逆転もありえるかも」と自分に言い聞かせた。この日からウルトラへの挑戦が始まった。

ウルトラの話になると夢中になる立派さんとは、たまたま早駈後、生ビールが飲みたくてチームKの練習会に参加させてもらったときに、知り合った。立派さんのウルトラと山の話がとてもなごやかで親しみやすかった。

その日の練習は、自転車で狭山池に行っただけで、疲れてしまって12kmで60分もかかった。もちろんこのタイムでは、メグちゃん、Kちゃんにも大きく水をあけられた。真剣にサブスリーを目指しているイカちゃん、立派さんの走りをみて、諦めていたサブスリーをまた狙いたくなってフルでも頑張ろうと思った。どうせ走るのならウルトラを目指してるので回数は多い方が良いと思い無理を承知で5レースにエントリーを決めた。

10月にはWEB練習日記を始めた。自分を追い込んでサボり癖をなくし走行距離を増やしてバテない体を作るためである。それと何よりも「練習は嘘をつかない」を実践したかった。

適当に走れば何とかなると考えていたのだろうと思うが、フルはそんなに甘くなかった。最初の淀川は、かろうじてサブスリーを達成できたが、ハーフの通過タイムが1時間27分台と前年と比べてもタイムが落ちてきている。本気でサブスリーを狙った泉州に至っては1時間29分台へとさらに落ちてきた。貯金が全くない状態でのサブスリーは難しい。サブスリーを最初から諦めて前半スピードを落とした美山では後半の落ち込みがほとんど無くなってきている事に気が付いた。結局フルは1勝4敗と大きく負け越したが、あまり無理をしていないので体が比較的楽だったのが、せめてもの救いかと思った。だが、今シーズンのフルが終わった後、走りすぎによる疲労のためか右足の蹴りが全く出来なくなってしまった。山の練習も満足に出来ずに完治しないままダイトレに突入したが、終始、足が痙攣気味で完走のみに徹した。

ダイトレ後も、故障を完治させるため休足日を多くとった。ふれあい3時間走から本格的に距離を伸ばしにかかったが、このときも痙攣に悩まされた。

それでも、練習距離を増やし着実に走行距離を稼いだ。今思い出すと4月後半の特別練習会である「かもきみ温泉LSD」が特にいい練習になったと思う。時間調整の府道200号線迂回が刺激的だった。あの坂をとまることなくクリアできたので自信が持てたようだ。ウルトラ初参加で目的はサブ10だと話すと萩往還を制したみっちゃんが「ウルトラまで競争を持ち込むの」と言ったのが印象に残っている。5月の「飛鳥LSD」は余裕で体をもてあました。石舞台のオプションも難なくこなした。クラブのLSDのおかげで5月は走行距離が、500kmをオーバーした。その勢いはとまらずに、6月に突入した。この時期いつもは、たたらぎダム湖マラソン(6回連続参加)を走るのだが、今年はクラブの行事を優先した。 6月2日からの24時間リレーマラソンは絶好の練習成果を試す晴れ舞台だった。自分なりに全ての周回を12分切りの目標にした。10周走った中で、2周続けて走ったときのみ12分台に落ちたが、ほぼ満足する走りが出来た。過去最高の走りが出来たことで、初ウルトラへ向けて夢は大きく膨らんだ。リレーマラソンでノムダンが「ウルトラを走るのなら60km位の距離を経験していないとダメだよ。」と言った言葉を思い出して、第2日曜は、仕上げに蔵王峠を入れて52kmを走った。60kmを走ろうと思ったが、早駈が52kmなのでそれ以上は大会で走りたいと、こだわってやめた。暑い日だったが、落ち込みも少なく楽に走れたので満足な練習が出来た。6月第3週の練習会は、最終調整の日であったが、家から走って行ってかなりばてた。脱水症状がでていいところがなかった。練習後は痙攣も加わり翌週の大会に向けて暗雲が立ち込め始めた。(続く)

第7回にちなんおろちマラソン完走記

                                 (感動編)

6月23日 手早く荷物をまとめて鳥取県の日南町に向かった。岡山から「やくも号」に乗り継ぎ生山へ向かう途中に窓からにちなんおろちの幟が見えた。あそこを走るんや~と思うまもなく生山に到着。駅では迎えのバスが待機してくれていた。バスに乗り込み受付会場である町役場で受付を済ませた。絶好の行楽日和で歓迎祭は暑いくらいだった。選手宣誓は韓国選手も比較的多いので韓国語でも行っていたが、これが韓国選手にかなり受けていた。

歓迎祭では豚汁とバーベキューを頂いたがこれがとてもおいしかった。

ここは宿泊施設が少なく参加人数は限られるが、応援がすばらしくリピーターが多くおまけにレベルも高いと聞いていたがまさしくそのとおりで町民総出で歓迎してくれているようだ。あちらこちらで防府のTシャツも目に付いた。

歓迎祭の途中だが呼び出され、宿泊施設の萩原構造改善センター(車で20分位)へ送ってくれるらしい。ボランティアのおばさんに送って頂いたが荷物のみ置いて風呂が無いため広島県のクロカンパーク内にあるすずらんの湯へ。広島県と言っても車で10分も走れば到着した。温泉につかり英気を養った。食事は近くの食堂でするらしいが、まだ時間があるので、桜が瀬会館で時間待ちをしていたら青馬会のうららさんと会った。同じ宿泊施設に泊る森本さんをよくご存知で、明日の事を忘れてビールをたらふく頂いた。感謝感謝である。走る人は皆友達、そんな雰囲気がウルトラにはある。終始和やかな気分で宿舎に着いた。ここに泊るのは僅かに3人だが部屋は広く2部屋もある。20代の若い阿部君はまだ早くて眠れないので、部屋を分けた。同部屋の森本さんはなにわMCのホームページも管理されている。ちなみに大野さんと同じ職場だ。しばらく雑談したが、明日が早いので寝ることにした。雨の音と車の音が少し気になったが、何とか睡眠は確保できた。3時前に起床し食事を昨日の食堂ですませ総合文化センターで着替えた。それにしてもわれわれのためにこんな時間に迎えに来てくれて食事が終わるのを待って、また会場まで送りとどけてくれる大会が他にあるのだろうか?と思った。アドバイザーの渡辺雅之氏が走られる身になって考えてくださいというメッセージを投げかけていたが、まさしくそのとおりだと思った。雨は思ったより強く降っていて、雨に強いはずだが、この中を走るのは辛いだろ~な~と弱気になった。

スタート10分前に集合がかかった。スタート地点に並んだが、簡易カッパを持っていなかったので、結構寒かった。町長でもある大会長が雨の中、傘を断って挨拶をされた。内容はよく覚えていないが、この大会にかける意気込みが感じられた。漸く元気が出てきてスタートの号砲がなった。

今日の通過予定タイムは、50kmが4時間、第二レストエイドステーションである多里(63km)を5時間、完走タイムを8時間40分とした。

0~20km

まだ薄暗い中を5時にスタート。感動の瞬間であるが落ち着く暇もなくウルトラマラソンなのに美山のフルと変わらないペースである。一瞬これでは体が持たないとスピードを抑えた4km付近で部門B(男子45歳以上)の3人に抜かれた。先頭とは20~30m位しか離れていなかったがBでは4番手あたりを走っていたので、一気に入賞圏外に追い出されてしまった。雨も強く降っていて早くも「完走できるんかい」と弱気になってきた。体も冷えてきて、レースでは初めてトイレに駆け込んだ。トイレで落ち着いたのか、腹が据わったのか、少し元気が出てきた。この大会は参加選手が37kmの部を含めても600名たらずなので、すぐにばらけてきて前後には選手がほとんど見当たらなくなった。しかし、沿道には幟が掲げてあるし要所要所にはスタッフがいて応援してくれるので、道を間違える心配は全くない。エイドでは立ち止まって飲食をして走るので競争して走っているイメージはなく無理をしないので気分も次第に楽になってきた。

 20kmを1時間33分で通過。 休憩時間を考えるとまだペースは少し速い。

20~30km

唯一高低差が少ない区間である。体もそれなりに慣れてきて気分よく走れた。周りの応援がうれしい。参加者名簿を配布しているのか、ゼッケンだけでなく名前を呼んでくれるのがうれしかった。仕種でお礼を言いながらも足が軽くなっていく。

 30kmを2時間16分で通過  

30~40km

レストまでは、ゆるやかな登りだが36km過ぎのレストで小学生から熊よけの鈴を受け取った。よく見るとメッセージが書いてある。「ゴールまであと少し」ほんとにあと少しだったらいいのにと思いながらも、鈴を鳴らしながら山道を登る。登りが結構こたえるが、他の鈴の音は聞こえない。

40kmを3時間10分で通過

40~50km

急坂を登って安心したのもつかの間、次なる坂が待っていた。ここでランママこと佐藤先生に抜かれた。坂道にもかかわらず軽快に走っておられた。

坂を登って下ったところが、50km地点だが、想定外の坂で苦戦して目標の4時間を5分オーバーした。エイドでは痙攣に備えて梅干や塩をまめに取った。うれしい事にまだ痙攣の兆しは出てこない。全てのエイドにコーラが置いてあるのもうれしい。エイドではボランティアの高校生に励まされ元気を頂いた。 

 50kmを4時間05分で通過

50~60km

踏ん張って坂を登ると今度は急な下りである。下りで足を痛めては、話にならないので、慎重に下るが加速度が付いてとまらない。佐藤先生をあっという間もなく追い越してしまった。安全をみて踵着地で走っているのでももが張ってきた。脹脛は全く問題なく普段と変わらない。

 60kmを4時間55分で通過

60~70km

63kmの多里のレストで団子汁を頂いていると、佐藤先生が横目でこちらを伺いながらお餅を断って颯爽と通過していった。

ここでは、小学生にお餅もいただいた。もちろんメッセージ付である。団子汁とスペシャルのゼリーを食べたので着替えの荷物と一緒に袋に入れて持って帰った。靴も履き替えようと思ったが帰りの靴が濡れてしまっては惨めなので、我慢した。ここのレストでは10分近く休憩した。

ここからは、自分にとって未知の距離である。一歩一歩が、感動も含めて初めての距離になる。さらにここ多里のレストは37kmの部のスタート地点でもあるが、にちなんおろちマラソンのハイライトはここから始まる約7kmの急坂である。坂自体は蔵王峠のような急坂はないが、勾配が一定で延々と長く続くので平均すれば、こちらの方がきついかもしれない。実際に走れど走れど坂の連続である。意識してペースを落としたが、流石に疲れてしまった。一歩も歩かなかったので、自分をほめてやりたい。登りきったときは、レースを忘れてうれしかった。でも、休憩を含めてこの区間は、1時間10分かかった。最大の難所なのでタイムは仕方ないと思う。

 70kmを6時間05分で通過

70~80km

一転して下りだが足が思うように動かなくなってきている。下るたびに足に響く。もう少し下りの練習をしておけばよかったと思った。それでも、踏ん張りながら先を急ぐと、見覚えのある赤い服が見えてきた。佐藤先生だ。ウルトラともなると同じペースで走るのは難しいのはわかっているが、ここからの走りは気力との戦いになりそうだと思った。残り20kmとなって何とか完走は見えてきて、体が震えてきた。

 80kmを6時間55分で通過

80~100km

80km付近で先生を再び抜いて再び苦手の坂道を逃げる。後ろは意識して見なかったが、登りで差が縮まって、下りで差が開く展開だったと思う。  

踏ん張っていると奈良の小西さんに追いついた。すぐに登りで抜かれて下りで追いつく同じ展開が長く続いた。お互いに決め手がないまま延々と走ったが、おかげで距離を忘れて走る事が出来た。95km付近で仕掛けてスピードを上げた。驚いたことに97km付近からの急坂も苦にせず駆け上がれた。坂を越えると後はゴールまで下りである。感動で再び体が震えてきたが、なぜか涙は出なかった。両手を揚げて感動のゴールである。

8時間34分57秒  (年代別で5位入賞) 

 

完走後 小西さんと話をしたが、サブスリーを107回達成したそうだ。小柄な体のどこにそんなパワーが潜んでいるのだろう。

二人でソーメンを食べていると、女子の部で優勝された先生が挨拶に来てくれて、 「下りは速いですね。団子汁を食べていたので、まさかもう抜かれるとは思わなかった。・・」とおっしゃったのが印象的でした。  

エードで休憩しながら走るウルトラにはフルと違った人情、温かさがあります。それは、僕自身が求めている走りなのかも知れません。              

サブ9を達成したことで、ウルトラ完走の目的は達成できました。しばらくレースを離れてのんびりしたいと思います。

無事完走できました。 応援ありがとうございました。