昭和51年11月5日 決 勝 山梨・山梨県営球場
  8 9
作新学院
銚子商
作新学院   大森−松井
銚子商   佐藤、神原、小野田、宮崎−飯塚
パワー野球から手堅い野球に変身。一戦ごとに勝負強さを発揮し、
堅守と小技で作新が関東を制した。決勝戦でも力の銚子商に
バントと守備力で競り勝った。
作新の秋の関東大会の足跡を
振り返って見ると初優勝の昭和
33年は3試合で22得点と力で
勝ち取った。
2回目の47年は江川投手の
3試合連続完封で勝った。そして
今回はガラリとパターンを変えて
堅守と小技、「守りの作新」で
勝った。
これで昨年、一昨年の小山高に
続き栃木県勢秋季関東大会3連覇を成し遂げた。ちなみに最高は
昭和38年から41年の群馬県勢による4連覇。この翌年から一県二代表制になった。

関東大会
準決勝 3−2土浦日大
1回戦 4−1日川


栃木大会
決 勝 3−1栃木工
準決勝 3−2足利工
準々決勝 2−1大田原  
作新メンバー
本 原
木 村
後 藤
松 井
神 永
五月女
桜 井
平 野
大 森



昭和50年11月5日 決 勝 神奈川・保土ヶ谷球場
  8 9
小 山
習志野
小山   初見−立川
習志野   鵜野、藤田−栗崎
60回を数える秋季関東大会の中で2年連続優勝というは昭和30年の群馬・桐生高と小山高の2校しかない。
選手がガラリと変わる新チームの秋季大会で2年連続優勝することの難しさは60回でたった2校しかないということが物語っている。
この大会は1県1代表時代だったので優勝までは3試合でしたが、小山高は3試合で45安打24得点でチーム打率はなんと.450と驚異の数字が残った。投手陣は関東大会は不調だったが県大会25回無失点のエース・初見が健在。これで小山高は新チーム結成後から1引分けをはさみ29連勝とまさに無敵の強さを誇った。実績から見ても翌年の春に開催された選抜甲子園大会では「東の横綱」として優勝候補筆頭として目された。
関東大会
準決勝 11−5春日部
1回戦 10−7高崎商


栃木大会
決 勝 8−0作新学院
準決勝 7−0宇都宮学園
準々決勝 4−0矢板中央  
小山高メンバー
 秋 山
 伊 東
 石 井
 黒 田
 多賀谷
 諸 原
 初 見
 立 川
 荒 川



昭和49年11月6日 決 勝 茨城・日立市民球場
  8 9 10 11 12 13 14
東海大相模 0 0 0 0 0
小 山 1 0 1 0 0 0 0 1x
東海大相模   岡部、村中−山口
小 山   田村−田沢
小山高は初出場初優勝の快挙を成し遂げた。相手の神奈川・東海大相模はまさにスター軍団。
4番には原 辰徳、そして津末。
投手は村中と超高校級の選手ばかり。勝利の立役者は小山高・エースの田村。試合後半は変化球をうまくミックスし内外角にボールを散らした。事実、7回以降の田村は相模打線を1安打に抑えた。
延長14回、桐生の2塁打に続き黒田がセンター前にタイムリー。
桐生が返り3−2のサヨナラ勝ち。
実に試合時間3時間6分の熱闘だった。
栃木県勢としてはこの年の春季関東大会優勝の鹿沼商工に続き秋季大会も小山高が優勝し、栃木県勢は関東大会・春秋連覇を達成した。


関東大会
準決勝 3−1市  川
1回戦 4−3深谷商


栃木大会
決 勝 1−0作新学院
準決勝 2−0宇都宮商
準々決勝 8−1黒   磯  
小山高メンバー
高 瀬
伊 東
桐 生
中 島
黒 田
山 本
田 村
田 沢
中 里