倶知安大会とマスター・大矢剛功を大特集
おやぢたちの月刊誌 「O.tone(オトン)」




平成28年12月6日付北海道新聞朝刊 札幌圏版



ファンの皆様とともに、少しでもお役に立ちたい
 北の盲導犬だより「ミーナ」平成28年3月号に特集記事が掲載されました。




これがチャンピオンズ・トロフィー

気温4度もなんのその!レスラーが躍動!
札幌国際スキー場で恒例の「雪上プロレス」を開催
平成27年4月13日付北海道新聞朝刊




体が動く限り続けたい!
 平成27年3月27付北海道新聞朝刊「道東版」

今後も故郷にパワーを届け続ける!  
 平成26年7月17日付北海道新聞夕刊


「奮闘届け10年」 北海道新聞夕刊全面に北都プロレス10周年を特集
 平成26年6月18日付北海道新聞夕刊6面


道内100市町村での大会開催を記念し、感謝を込めて!
 平成26年2月23日付『日刊スポーツ紙』が詳細を掲載


クレインも ”二刀流!” 北海道新聞に特集記事



北都プロレスの10周年を特集!
朝日新聞平成25年4月4日付30面(道内)




河原成幸選手のデビューを特集
北海道新聞平成24年12月1日付29面(札幌圏版)



大会開催、100市町村 秒読み!250大会を実現!
日刊スポーツ紙(平成24年11月16日付)で特集


東日本大震災復興支援にご協力ありがとうございました
 去る7月23・24日ちとせモールで開催されました東日本大震災復興支援イベントに、多くの皆様にご来場いただき心から感謝申し上げます。また、北都プロレス試合会場における募金の呼びかけにご賛同をいただき、浄財をご寄付賜り厚く御礼申し上げます。ご寄付は全額日赤などを通じて、被災された方々にお届けされます。 

このページでは、新聞や雑誌に掲載された北都プロレス関連記事などをご紹介します。

読売新聞(5月18日付道内版)に「元気の贈り物」として掲載



釧路新聞(3月30日付)に「釧路大会」の詳報


皆様の温かい思いを、お届けいたしました。
2007年11月22日付北海道新聞夕刊に掲載されました。


朝日新聞9月11日付夕刊(全国版)に掲載されました。
ニッポン人・脈・記 ゴングは鳴ったI》

みんなに元気 届けたい

過疎地や離島での巡業を中心に、全道を行脚する「北都プロレス」の活躍が、
写真入りで紹介されています。これからも、呼ばれたら道内どこへでも伺います。

ねえキミ『北都プロレス』って知っているかい?  その1

田尻義博 タジリズム  (『週刊プロレス』から転載)

 8月上旬のこと。IWAジャパンで俺と同期生だった田上泰助(現在はTAISUKEの名でフリー活動中)が、こんな話を聞かせてくれた。「北海道に『北都プロレス』という団体があるんですよ。そこの経営者兼レフェリーであるクレイン中條さんが、ムチャクチャおもしろい人でしてね!一度会ってみるべきだと思いますよ」
 心のアンテナに引っかかる話だった。当コラムで以前書いた、ボリビアのプロレスに共通するような「それっていったいどんな…」という好奇心を強く抱いたのである。
 それほど東京居住者にとって、耳にする機会のない団体名『北都プロレス』だ。さらに田上は、北都プロレスにまつわるこんなエピソードも披露してくれた。
「経費削減のため、巡業のさいホテルに泊まらず、寝袋を持っていって公民館や倉庫で全員雑魚寝するんですよ」
 北海道内でのみ活動しているという北都プロレス。東京で観戦することは、今のところ不可能である。どうしても自分の目で見てみたくなった俺は、タレイン中條さんとコンタクトを取ってみることにした。
 2日後。中條さんと電話で話すことができた。海の近くにいるらしく、背後から波の音が聞こえてくる。
「(ザパーン!)タジリさん、初めまして! もしもよかったら一度、北都を見にきてくださいよ(ザプーン!)」
「いやー、ぜひともお願いいたします。田上から聞いたんですけど、なんだかお伽噺のようですね!」

「ハハハ!(ザパーン!)お金がないもんで公民館で寝袋で寝てます(ザブーン!)。そしてね、北海道はジャガイモが美味いんで、うちのカミさんがボイルしたジャガイモを皆に持たせて(ドパーン!)、それをかじりながら巡業にいくんですよ!(ドドーン!)」
「いやー、素敵ですね! 来月にでもお伺いしてよろしいでしょうか?」
「そりゃもちろ…(ズズワッパーン!!!!)」
「……もしもし? 中條さん!?‥もしもし!!
 荒波に飲まれたのか、電波が途絶えた。しかし、その数秒後「……というわけで、9月17日にお待ちいたしておりますぅー!」と通話再開。生存確認できて、一安心だ。そうして俺は、北海道へと旅立った。
 大日本時代以来となる9年ぶりの北海道。空港の外へ一歩出ると、東京に比べ格段に濃い空気を感じた。とりあえず、札幌方面行きの汽車に乗る。どこまでも延びる一本道、三角屋根の家々、広大な畑…東京では見られない光景が、車窓の向こうでパノラマ写真のように展開されている。
 ふと、思った。「この光景はどこかに似ているな」と。どこだろう? 少し考えて、すぐに思い当たった。「カナダだ!」。そうか…遠くへ来たんだな。
 札幌市内に到着。ホテルへ入り、中條さんに電話。
「遠くまでご苦労様でした! 明日はですね、札幌から電車に乗って“テイネ”という所まで来てください。昼からの試合なので、10時半には来ていただけたらと!」
「“ペイネ”ですね? 了解いたしました」
「よろしくお願いいたしますぅー!」
 最後を「ぅー!」と伸ばすのが、中條さんの言葉の特徴であるようだ。その後、市内をひとりで見物。街中で近郊地図を目にし、明日の試合開催地が“ペイネ”ではなく“テイネ”であることを知った。ちなみにペイネとは、スペイン語で櫛のことである。
 快晴の翌朝。汽車で手稲(テイネ)へと向かった。札幌駅前で朝飯を食おうかどうか迷ったのだが、手稲へいけばローカル色の強い食い物に遭遇できるのではないかと思い、何も食わないことにした。
 市内に掲示された路線図を見ると、駅の名前がどれも詩的にステキである。「星置」「朝里」「苗穂」…可愛らしいマスコットのようだ。「発寒」(ハッサム)なんていう、大自然の荘厳なる迫力を感じさせる駅名もある。こんな詩的な名称の各地を、寝袋片手に今日も旅して廻る北都プロレス。まるで、お伽の国の夢一座…手稲に到着。
 アテが外れた。思っていた以上に開けている駅前なのだが、日曜日のため食い物屋が一軒も開いていないのだ。仕方がないので、辛うじて営業しているコンビニでおむすびを購入。さらに差し入れ分として、お茶とジュースとコーヒーも箱ごと買った。
 が、買ってから気がついた。片手でカバンを引きずっているため、3箱の飲料を持ちきれないのである。申し訳ないと思いつつも、中條さんに電話を入れた。
「あ、タジリです、すみません。駅前のコンビニにいるんですけど、大荷物があるのでどなたか若い子をひとりお借りできたらな、と」
「あ、そうですか! ではですね、今、私は会場から20分ほどのところにみんなで慰問に訪れているものでして、誰か会場にいるものを大至急いかせますから。よろしくお願いいたしますぅー!!
 北都プロレスは、開催地の各施設を慰問して廻るのが恒例となっているようなのだ。この日も例外ではなく、会場にひとり居残っていたリングアナウンサーの青木さんという方が、すぐさまコンビニまで駆けつけてきてくれた。
「初めまして、会場はすぐそこの神社ですので!」
 この日は手稲神社の奉納祭りということで、場内での無料アトラクションとして開催されるのだ。おでん、ラムネ、金魚すくい…縁日の屋台でにぎわう参道をくぐると、青いリングが突じょ目の前に現れた。
「みんなは慰問にいっているんですけど、もうじき戻ってきますので。おかけになってお待ちください」
 普段は介護関係の仕事をしているという青木さん。たったひとりの裏方さんだそうで、音響整備や会場設営におおわらわだ。
 試合開始まで2時間以上あるが、リングサイドにはすでに地元のおじいさんらが陣取り、タバコをふかしたり、日向ぼっこをしてみたりと、思い思いにノンビリとした時間を過ごしている。リングの上には何匹もの赤とんぼ。時おりロープに止まっては、いきなり飛び立ち、再び宙に舞い戻ってゆく。
 しばらくし、2台のワゴン車がゆっくりと境内にやってきた。いくつもの大きな人影が窓から透けて見えている。ワゴンのドアが開くや、選手たちが降りてきた。
「お疲れさまでーす!」
 レスラー特有の挨拶が、のどかな境内にこだまする。つい先日、後楽園で会ったばかりの選手もいれば、初対面となる選手もいた。ラ・マルクリアーダ(ミス・モンゴル)に会うのは数カ月ぶり。新入時代の師匠である岡野さん(ジ・ウインガー)に会うのは、おそらく6年ぶりだろうか。
 と、そんな中に「駄じゃれ7番勝負」と書かれた赤いTシャツの後ろ姿が。先ほどから忙しそうに青木さんと話し込んでいる。こちらを振り向くと、そのTシャツのフロントには着ている人と同じ顔がプリントされているではないか。目が合った。どちらからともなく歩を詰め合う。新たなる出会いだ。
「タジリさん、わざわざ遠いところまでようこそ! 中條ですぅー!!