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横浜市ミニバスケットボール南部連盟
総務・広報

 広報

  
2011年 第32回 
         
横浜マリンボールカップ招待大会

                 ごあいさつ

                                                                        

                          南部ミニバスケットボール連盟

                                会長 藤原 敬一

 

32回マリンボールカップ大会開催に当たりご挨拶申し上げます。

 まずは、今年3月に起こりました、東日本大震災でお亡くなりになりました方に、心より哀悼の意を表しますとともに、被災されました皆様にお見舞い申し上げます。

 お陰様をもちまして、マリンボールカップも今回で32回の開催を迎えることができました。これも一重に関東ミニ連盟の理事長を始め、関係各位の皆様のご理解とご協力の賜物と厚く御礼申し上げます。

 顧みますと三十数年前、関東大会の前に何か力試しとなるゲームことができないか、また関東レベルで技術の交流及び審判の交流ができないものかと模索し、始まったのがマリンボールカップでした。
山梨県を含めた、関東エリアの強豪チーム
(ほとんどが関東大会出場チーム)が参加しました。プレ関東大会と呼ばれた所以です。当時は県を跨いだ大会はもちろんのこと、県外との交流試合はほとんどありませんでしたから、技術の交流も大変限られたものでした。そういった中で行われたマリンボールカップ大会は、それぞれの県の強豪チームによる技術の発表の場でもあり、関東エリアの技術の向上に少しは貢献できたのではと自負しております。また、審判活動におきましても、ミニバスケットボールの審判の中で、日本公認の方はほとんどいなかった時代でした。それぞれの県の派遣の審判の方や、神奈川県の日本公認や県公認、県ミニ公認の皆様のお力添えで大会が運営されていました。そして、大会を重ねる毎に審判の技術も向上していったように記憶しております。

 さて、話は少し変わりますが、このマリンボールカップ大会から巣立った選手も数多くおります。元日本代表の佐古 賢一選手(当時深谷チーム)、加藤 貴子選手(当時南台チーム)や、現在JBLのリンク栃木所属で日本代表の田臥 勇太選手(当時大道チーム)WJBLでは、シャンソン所属の深野 羅定咲選手(当時磯子チーム)、三菱コアラーズ所属の関根 麻衣子選手(当時永田台チーム)などがおります。いずれの選手も、ミニバス時代に基礎を学び、バスケットボールの楽しさや厳しさ、また喜びを経験していったものと思います。今後も、この大会を通じて世界に羽ばたく選手がたくさん育っていくことが、開催に携わる私どもの願いです。

 最後になりますが、これからも本大会の意義を尊重し、選手であります子どもたちにとりましてはもちろんのこと、参加されましたチーム関係の皆様にも、充実した実りある大会運営をして参りますよう努力する所存でございます。

 関係各位におかれましては、主旨をご理解いただきまして、ご指導ご支援いただきますよう宜しくお願い申し上げます。本大会の成功を祈念し、心より敬意と感謝を申し上げ挨拶とさせていただきます。







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  2010年大会 

            マリンボールカップ 男子対戦結果 8月3日掲載(PDF)

            マリンボールカップ 女子対戦結果 8月3日掲載(PDF)


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           2009年 横浜マリンボールカップ招待大会結果  

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 南部連盟規約(PDF)
     横浜市南部ブロックミニバスケットボール連盟規約     

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